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食堂の隅。コンビニ袋を机の上に置いた瞬間、どこからか吹いた笑い声が、風のように冷たく耳を撫でた。
「ねえ、これ見た? 中学生って感じじゃなくない?」
机の向こう、スマホの画面を囲む数人の視線。
一人が振り返り、目が合った瞬間、口元を隠して笑う。
“ボロボロの制服姿で床に這いつくばり、雑巾を口にくわえた少年”――映っていたのは、かつての自分だった。
雑巾をくわえたまま、涙を流している。いや、あれは涙か、泥水かもわからない。
教室の床に這いつくばり、教師らしき影が遠くに立っていた。誰も止めていない。
「え、マジでやってたんだ?」「これ、本物なんだよな……兄貴が言ってたもん。悠翔ってやつ、昔から奴隷だったって」
「“天城家の四男”」が、“名前”ではなく“設定”として大学に流通し始めていた。
食堂を出て、階段を降りた先の物陰にしゃがみ込む。
喉の奥が締まり、息がうまくできない。
耳鳴りとともに、断片が再生される。
――兄の声。
「お前は黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ、存在価値それだけだろ?」
脳裏に焼きついた映像と、大学の現実が重なってゆく。
兄たちに囲まれ、殴られたあの冬の放課後。
体育倉庫に閉じ込められ、裸足のまま凍った地面を歩かされた記憶。
今、その記憶が“知らない誰か”の手で再構築され、娯楽に変わっていく。
自分が黙っていることが、すべての合図だと思われている。