テラーノベル
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再生された動画の断片が、じわじわと大学内に滲んでいった。
「マジでやばくね、あれ」
「奴隷って……あそこまでされる?」
「兄貴たちに逆らわなかったんだろ?てか、できないよな」
噂は音もなく拡散し、“天城悠翔”という名前が別の意味を持ち始める。
講義室、学食、図書館、どこかで誰かが、あの動画の話をしていた。
――本人のいないところで。
それが本人に届くのは、そう時間がかからなかった。
「これって……おまえ?」
教室の隅で、声をかけてきたのは同じゼミの男子だった。
言いながら差し出したスマホの画面に、床を雑巾で舐めるように這う少年の映像が映っていた。
悠翔は、一切の否定も肯定もできなかった。
ただ、手のひらが汗で湿っていく感触だけを意識していた。
彼の前に置かれたスマートフォンの画面が、無造作に再生を始めた。音量は絞られているのに、映像が記憶を裂くには十分だった。
――中学時代、泥に濡れた教室の床。
そこに、制服を着た少年――自分が這いつくばっていた。
雑巾を口にくわえ、無言で床をこすっている。
誰かの命令なのだろう、「声を出すな」と書かれた紙が机に貼られていた。
「はい、今日のご奉仕始めます」
どこかから聞き覚えのある声が笑いながら言う。蒼翔だ。
彼の声だけが、映像の中で鮮やかだった。
画面が切り替わる。
――学校のトイレの片隅。
シャツの上から水をぶっかけられ、びしょ濡れの自分が立っている。
寒さか恐怖か、体が小刻みに震えているのが見えた。
「泣いてんの?」「マジで根性あるな」
笑い声が響く。複数の男たちの声。誰だったか、もうわからない。
でも、その輪の外に陽翔がいたことだけは覚えている。
見ていた。目が合った。けれど彼は、顔をそらした。
三本目の映像は、視界が狭く、暗かった。
――机の下。
肩を丸め、膝を抱えた自分が、カメラの奥にいた。
足音が近づき、足の先が腹を軽く蹴る。
「……言われた通りにしてればいい。な?」
蓮翔の声。
画面の外から、女(母)の声も重なる。
「兄ちゃんたちの言うこと聞いてりゃいいのよ。どうせ一人じゃ生きられないんだから」
映像の悠翔は何も言わない。ただ、声を殺して、震えていた。
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