「さぁ! イオリ様!! 是非この水晶に! 今すぐ触れてみてください!!」
鼻息を荒くしてそう促すシラギクの勢いに押され、根負けした伊織は、渋々といったように水晶へと手を伸ばす。
ちなみに、ロキとシラギクが熱心に議論を交わしていた魔法……ナンタラというものについて。
残念ながらセージは教会からの色々な規則によって、そのナンタラについて深く学ぶことは禁じられているらしく。後日、魔法ナンタラの第一人者を交えて教えてもらうこととなった。
――――――その際、羨ましそう……いや、妬ましそうにしているシラギクと、あからさまに嫌な顔をしたロキ。二人のこの対照的な反応見るに、ちょくちょく話に出てきている、ロキが『ババァ』と呼ぶ人物や女公爵様の関係者あたりで間違いないだろう。
そんな二人の反応を無視して、俺はそっと水晶に触れようとする伊織の様子を伺う。
伊織の手が、水晶へと触れる。……と、同時に。
「お、おぉ……!」
水晶は淡い光を発する。
「……!? ちょ、ちょっと! コレは本当に、大丈夫なんですか……!?」
突然発光し始めた水晶に、伊織はもちろん慌てる。
そんな伊織とは裏腹に、俺の隣は……。
「めっ……目がぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあァぁあぁぁぁあぁぁあぁっっっ!!」
「いや、そんなに眩しくないだろ」
光った瞬間に絶対にやると思っていた俺は、冷静に妹の頭を軽くチョップした。
「あだっ!!」
妹が俺からのチョップにうずくまっているそんな茶番劇の間に、光は徐々に弱まる。そして水晶の中には、透き通るような青い色の……液体のようなものが半分ほど入っていた。
「……へぇ、魔法が存在しないと言われる異世界にも、一応『魔力』は存在するんだな」
「異世界から召喚された人たちについての情報の大半は、厳重に管理されている上に、王室や召喚に関与した一部の貴族や上位神官などの関係者以外、ほとんど外部には知らされていませんからね」
「それに加えて、ここ百年近くは『召喚の儀式を行った』って話は表立って聞かねーからな。……まぁ、わざと上の連中が隠してる可能性も無くはないが……」
「なら、今が色々と調べられるチャンスなのでは……!?」
まぁ〜た、ロキとシラギクが難しそうな話を始めだし、俺と妹……そして当の本人である伊織は『ポカーン』とした表情で、完全に置いてけぼりにされたのだった。
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……と、まぁ、とりあえず。俺たちは少し離れた場所に座って、数十分ほど二人の会話が終わるのを待ってみた。が、一向に話が終わる気配がしないどころかどんどん白熱したため、ダメ元でセージに聞いてみることにする。
「なぁセージ。あの二人は何をあんなに、話し込んでいるんだ?」
「えっと、それはですね……」
セージは軽く微笑むと、先程伊織が触れた水晶を指差す。
「先程イオリ様が水晶に触れたことで、イオリ様にも魔力があることが判明したんです」
「えっ……!?」
「マジで!?」
「はい」
「魔力キタァー!」
「どんなん!? 属性は!?」
驚く俺たち……特に興奮気味の俺と妹に、セージは簡単な説明を始める。
「まず、イオリ様の持つ魔力の適正属性は『水属性』です。そして魔力量は……この世界の平均魔力量より、少し多いくらいですね」
「ほほーう」
「なるほど、なるほど」
「『水』……ですか?」
未だに実感がわかないのか……釈然としない伊織に、セージが水属性の魔法の特性について話始める。
「水属性は『水』そのものの性質により、使用者によって使い方や使い道は多岐にわたります」
「例えば、どういった使い方があるんだ?」
「そうですね。例えば……桶に水がはってあるのを想像してください。その桶に入っている水を『好きなように使っていい』と言われたら、皆さんはどうしますか?」
セージの質問に、俺たちは少し考える。
「顔や手を洗うとか?」
「飲み水にする……?」
「いわゆる生活用水ですね」
俺たちのやり取りを見ながら、セージはさらに付け加える。
「『桶に入っている水』なら『それ以外にも使っていい』としたら、どうします?」
その言葉を聞いて「ルンピカー!」と、妹はなにか閃いた様子でセージに質問をする。
「ねーねー、セージさん! 『桶に入っている水』なら『何でも好きなように使っていい』んだよね!?」
「はい」
その返答に、妹は「じゃあさ! じゃあさ!」とはしゃぎ出す。
「『桶の水を使い切ったあと』も『桶にまた水を溜め直せたら』、もっとたくさん使える……ってコト!?」
「もちろん。『自分自身の魔力で作った水』なら、それもありです」
妹とセージの会話に、遅ばせながら俺も『キュピーン!』と参戦する。
「つまり魔法による『自家発電式水道水』…ってコト!?」
「じ、自家発電、水道……水?」
俺の言葉に、セージが一瞬にして戸惑う。スマン。この世界には自家発電とか、水道水とかという文明も概念もまだ無かったんだった。
日本という平和な国……さらに比較的恵まれた家庭環境の中で、俺は生きていたのだと改めて実感する。
いや、それでもあの元の世界の腹の立つてっぺんハゲのクソ上司だけはマジで許せない。ので、もし元の世界に帰れたら俺は世界が滅ぶ前に、必ずあのクソ上司の毛根を全てお亡くなりにする魔法を会得してかけてやる……!
俺の密かな決意を、知ってか知らずか。妹から冷ややかな視線を感じた気がする。が、俺は気にしない。何故ならば! きっと気のせいだから!!
ほら、見なさい! セージくんも俺の発した謎のワードに疑問を抱きつつも、ついには笑って深くは追求してこない! これが優しい世界! 俺はそう思うことにする!!
「水属性はその用途の幅広さに、初心者から玄人向けと言われています。また同じ水属性と言っても『何に特化したいか』によって、使用者の修行次第では全く違う性質の水魔法士に成長します」
「へぇー」
「へぇー」
ここに某泉の番組の共感・感銘ボタンがあるならば、きっと俺と妹は高速でMAX20回まで余裕で押していたことだろう。なのでエアボタンを連打した。
「お恥ずかしながら、僕は魔法はあまり得意ではないので……後日、改めて詳しい方に手解きしていただくといいですよ」
セージの笑顔に「ハ、ハハハッ……ソウスルヨォー……」と苦笑いで返す。俺は『命は大事』と、自身に言い聞かせる。セージが魔法が苦手なのは、文字通り『痛いほど』分かっている。何せ物理的に、実際に体験した俺が言うんだ、違ぇねぇ。
……と、まぁ。これだけ俺たちが会話をしていても、ロキとシラギクの話は終わらない。まるで一晩中、考察や感想を語り合っている俺と妹のようではないか。系統は違えど、どこの世界にもオタクは存在するものだ。
ん? 『お前らと一緒にするな』って? うっせーわ。お前のその探究心、至高の域に近い。お前も素直にオタクを名乗らないか?
……と言うか。己の『好き』をとことん追求するやつは、二次元だろうが三次元だろうが皆等しくオタクだ。次元もジャンルも、関係ねぇ。
勿論、これは俺の持論だ。異論は認める。
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