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放課後の相談室。陽が傾いて、部屋の隅に影が伸びている。
日下部はいつものように書類を片づけていたが、ドアの向こうに気配を感じて、動きを止めた。
扉が、ゆっくり開く。
「……座れ」
日下部はそれだけ言って、向かいのイスを顎で示した。
相談者は躊躇ってから腰を下ろす。
落ち着かず、指先が机をトントン叩く。
しばらく静けさが続いた。
「……置いていかれんのが、怖ぇんす」
ぽつりと呟きが落ちる。
「みんな、楽しそうに未来の話しててさ。
一緒に笑わないと、俺だけ置いていかれそうで……」
言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。
「だから笑う。苦しくても。
バカみたいに明るくして……嫌われないように」
机の上に握りしめた拳が置かれる。
「ホントはさ、必死なんすよ。
笑ってれば、友達でいてくれる気がするから……
一人になりたくないから」
日下部は腕を組んで聞いていた。
相手の目を見るでもなく、そっぽを向くでもなく、
ただそこに「居る」ことを選ぶような姿勢だ。
「笑顔ってさ、万能じゃねぇぞ」
日下部は、少しだけ苦い声で言った。
「どんだけ笑ったって、人は離れる時は離れる。
逆に、無愛想でも残る奴は残る」
相談者が、言葉を失ったように瞬きする。
「お前、怖いから笑ってんだろ。
でもそれって、自分の心、すり減らしてんだよ」
淡々としながら、刺さる言い方だった。
「……俺、笑うのやめたら、嫌われるっすかね」
相談者の声が震える。
日下部は少しだけ、息を吐いて笑った。
「嫌ってくる奴なんて、どうせ長く残らねぇよ。
繋ぎ止めるために無理してる人間関係なんてな、
いずれ壊れるに決まってる」
はっきり言い切る。
だけどその言葉は、不思議と残酷じゃなかった。
「置いていかれるのが怖いのは、当たり前だ。
でもな――」
日下部は机に肘をつき、相手の方を見る。
「“ついてこい”って言えるかどうかだろ」
「……ついて、こい?」
「お前が、自分の足で歩くってことだ。
離れてく奴を追うんじゃねぇ。
お前の隣を選んでくれる奴と進めばいい」
相談者は目を見開いた。
そんな考え方、持ったことなかった。
「お前、誰かを信じるより先に、
自分を信じなきゃダメだ」
日下部の声は、ほんの少し熱を帯びていた。
「怖いままでもいい。
泣きそうでもいい。
笑えない日があってもいい。
それで離れるやつは――最初から味方じゃねぇ」
相談者の喉が、かすかに鳴った。
「……そんなこと言ってくれる人、初めてっすね」
「なら、覚えとけ。ここでだけでも」
不器用な言い方。
でも確かに寄り添っていた。
窓の外では、街灯が灯り始めている。
相談者が小さく息を吸う。
「……また来てもいいっすか」
「勝手にしろ」
ぶっきらぼう。
けど、受け入れている。
立ち上がった相談者は、まだ少し怯えていた。
でもその足取りは、来た時より少しだけ前向きだった。
置いていかれるのが怖くても――
ここに戻れる場所があるなら、
きっと明日を歩ける。