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次の日、出勤した美空はショーケースの中を覗き、伯父と伯母へのプレゼントを考え始めた。
伯父には、スーツに似合う小物がいいだろう。
そんな美空の様子を見た店長の高田が、彼女の傍に近付いてきた。
「何を探しているのかい?」
「あ、店長! 実は伯父へのプレゼントには何がいいかなぁと思って」
「伯父さんに? ああ、小島さんのお父さん代わりの方だね」
「はい」
「だったら、ネクタイピンなんかどうだ? 伯父さんはスーツを着る?」
「不動産会社に勤務しているので着ます。そういえば、年末年始には、よく取引先のパーティーに出席していました」
「それならネクタイピンがいいんじゃないか?」
高田はそう言うと、美空をネクタイピン売り場へ案内した。
ショーケースを覗き込むと、伯父の好きなゴルフアイアンとボールを模ったネクタイピンが目に入った。
「伯父はゴルフが好きだから、これがいいかも!」
「ハハッ、きっと伯父さんも喜ぶね」
「店長、ありがとうございます」
こうして伯父へのプレゼントが決まった。
次に美空は、伯母へのプレゼントを探す。
伯母の誕生日は一月なので、美空は一月の誕生石ガーネットのネックレスを、同僚に見せてもらった。
その中に、伯母に似合いそうなネックレスがあった。
深みのある赤色をしたガーネットは、大振りで華やかなデザインだ。普段から派手なデザインを好む伯母も、これなら気に入りそうだ。
美空は迷わずそれを選び、会計へ持っていく。
そこで、店長の高田が再び美空に声を掛けた。
「社員割引を使いなさいよ」
「ありがとうございます」
美空はにっこり微笑んだ。
その日の夜、美空はプレゼントに十年間世話になってお礼の手紙を添え、コンビニから山梨の伯父夫婦へ送った。
それから一週間が過ぎても、伯父夫婦からは特に連絡がなかった。
その日、美空がいつものように売場にいると、ひときわ目立つ年配の女性が華やかなスーツ姿で颯爽と近付いてきた。
「ちょっといいかしら?」
屈んで作業をしていた美空が声に気付いて振り返ると、そこに立っていたのは伯母の公子(きみこ)だった。
「伯母さん!」
美空の視線が自然と公子の首元へと向かう。そこには、贈ったばかりのガーネットのネックレスが輝いていた。
美空の視線に気づいた公子が微笑む。
「これ、嬉しかったわ! ありがとうね」
その言葉に、美空は思わず胸に熱いものが込み上げ、涙が溢れそうになるのを必死にこらえた。
「こらこら、仕事中に泣かないの! ところで、美空の上司はどの方?」
美空は涙をぐっと飲み込み、奥にいる高田の方を差し示した。
「あの方です」
すると、公子はカツカツとヒールの音を響かせながら、高田の傍へ行き挨拶を始めた。
「初めまして。私、小島美空の母親代わりをしております伯母の小島と申します。いつも姪がお世話になっております」
公子は深々とお辞儀をし、老舗デパートで購入した菓子折りを差し出した。
「これはご丁寧にありがとうございます。小島さんのご実家は、たしか山梨でしたよね? 今日はわざわざ山梨から?」
「はい。東京で用事がありましたので、この機会にご挨拶をと思いまして」
「それはわざわざご足労いただき、恐れ入ります。小島さんとは久しぶりでしょう? 積もる話もおありでしょうから……」
そう言うと、高田は美空に向かって言った。
「せっかくだから、外で伯母様とお茶でもしてきなさい。今は店も空いてるから、一時間くらい行ってきてもいいよ」
「まぁ、お気遣いありがとうございます」
公子は嬉しそうに感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます。じゃあ、お財布を取ってきます……」
「お金なら大丈夫よ」
公子はそう言って、今度は美空の同僚たちに会釈をしながら言った。
「すみません、この子ちょっとお借りしますね…….」
「いってらっしゃい」
「ごゆっくり!」
同僚たちに見送られながら、美空は伯母の後をついて行った。
店を出ると、伯母はすぐ隣にある喫茶店へ入ったので、美空も続いた。
窓際の席に向かい合って座ると、すぐにスタッフが注文を取りにきた。
「私はブレンドね!」
「じゃあ私も同じで……」
「あら、美空はミルクが入っていないとダメでしょう? すみません、ブレンド一つ取り消しで、代わりにカフェオレをお願いします」
「でも、カフェオレは高いから……」
「大丈夫よ、そのくらい大したことはないわ」
公子はそう言って可笑しそうに笑った。
公子は昔と変わらず堂々としていた。かつて美空は、彼女のこの気の強さに怯えていたが、今はそれほど怖いとは思わないから不思議だ。
公子はお冷を一口飲み、穏やかに言った。
「元気そうで安心したわ」
「あ、はい。ずっとご無沙汰していてすみません」
「ううん、いいのよ。ちゃんとやっているようで安心したわ。それにね、このネックレス、すごく嬉しかったのよ。まさかあなたからこんなプレゼントをもらえるなんて思ってもいなかったから、嬉し過ぎて手紙を見ながら泣いちゃったわ」
その言葉に、美空は驚いた。
(え? 伯母さんが泣いたの?)
公子は続けた。
「あなたのお母さんのジュエリーを全て売ってしまったこと……本当に申し訳なかったと思ってる。今ではすごく後悔しているのよ。あの頃の私は、本当にどうかしていたのよ」
公子はそう言って。また一口水を飲んだ。
美空は驚きを隠せなかった。プライドの高い伯母が、謝罪してくれるとは思ってもいなかったからだ。一体何があったのだろう?
そこで、美空も口を開いた。
「もう気にしないでください。私の方こそ、十年間もお世話になり、いろいろとご負担をかけてしまって……」
「ううん。お金のことは気にしないでいいのよ。あなたを預かる前に、おばあ様からいくらかの養育費をいただいていたの。だから、お金のことは問題じゃなかったわ」
その言葉に、美空はさらに驚いた。病に倒れていた祖母が、自分のためにそこまでしてくれていたとは全く知らなかったからだ。
少しの沈黙を置いた後、公子は再び話し始めた。
「あの頃の私はね、少しどうかしていたのよ。夫が浮気しているかもしれないと思い込んでいた時期があって……そのせいでイライラしてしまい、ついあなたに辛く当たってしまったわ。本当に悪かったと思っているわ」
「伯父さんが?」
「ええ。でもね、結局私の勘違いだったの」
公子はそう言ってフフッと笑った。
美空は思わずホッとする。伯父が浮気をするような人ではないことを、美空は確信していたからだ。
「伯父さんはお元気ですか?」
「ええ、元気よ。あなたからのプレゼントをとても喜んでいたわ。そして、やっぱり手紙を読んで泣いてたわ。本当はすぐに電話するって言ってたんだけど、私が止めたの。私が直接会いに行くって決めたから」
公子は微笑んで言った。
その時、飲み物が運ばれてきたので、二人は一口飲む。
カフェオレを飲みながら、美空は不思議な感覚に包まれていた。
いつも機嫌が悪く、どこか刺々しかった公子が、今は美空の前で穏やかに笑っていた。
その態度には、どこかふっきれたような清々しささえ感じる。
時の流れは、人の心を変える力を持っているのだろうか?
美空はそんなことを思いながら、目の前の公子の穏やかな表情をじっと見つめていた。
「あなたのお母さん、美智子(みちこ)さんが茂之(しげゆき)さんにとても大切にされていたのを見て、どこかで嫉妬していたのかもしれないわ。うちの夫は浮気しているかもと疑う一方で、美智子さんはあんなに愛されていた……それが悔しかったのね。だから、二人が亡くなった後、つい大人気ないことをしてしまった。今でも後悔しているのよ。宝石を見る度に自分がしたことを思い出して胸が痛むの。あのジュエリーは、あなたにとって大切な形見だったのにって……本当に申し訳ないと思ってるわ、美空、本当にごめんなさい……」
公子はそう言い終えると、突然泣き出した。自分を許せないという表情を浮かべ、涙を流している。
バッグから取り出したハンカチで慌てて涙を拭うその姿を見て、美空の胸には切ない思いが込み上げてきた。
それから美空は、公子に優しくこう言った。
「もう過去の事ですから」
「あんなひどいことをしたのに、許してくれるの?」
「もちろんです」
「ありがとう…….ううっっ……」
公子はそう言うと、また涙で瞳を濡らした。
そんな公子に、美空は穏やかに語りかけた。
「私、今、毎日素敵な宝石に囲まれて暮らしているんです。それは本当に星みたいに綺麗な宝石なんですよ! 私の職場は、小宇宙みたいなんです! フフッ!」
「美空、大人になったわね……」
公子は涙に濡れた瞳で美空を見つめ、微笑んだ。
公子が涙を拭い、少し落ち着きを取り戻したところで、美空がふと口を開いた。
「伯母さん、一つ聞いてもいいですか? 私の母は、私の本当の父親が既婚者だと知っていてお付き合いをしていたのでしょうか?」
その質問に、公子は驚いた顔をしてすぐに答えた。
「そんなことあるわけないじゃない! 美智子さんは賢くて真面目な人だったのよ」
それから公子は、母について知っている限りの真実を美空に話してくれた。
「美智子さんは不倫なんてするような人じゃなかったわ。むしろ、人の道に外れるようなことが大嫌いだったはず。だから、彼女は騙されたのよ。相手の男が独身だと偽っていたの」
その言葉を聞いた瞬間、美空の心の中の霧が一気に晴れていくような気がした。
やはり母は知らなかったのだ。母は不倫をするような人間ではなかったのだ。
その時、公子はふと思い出したように言った。
「あっ、そうそう、これを渡さなくちゃ……」
公子は紙袋の中から、一冊のアルバムと日誌のようなものを取り出した。
「今度、山梨の自宅を建て替えることになったの。それで、屋根裏部屋を整理していたら、このアルバムと美智子さんの育児日誌が見つかったのよ。茂之さんの遺品に紛れ込んでいたみたい」
公子はそう言って、二冊を美空に渡した。
コメント
6件
確執が解けていくね。 マリコ先生のお話は、やっぱり幸せな方向へ向かっていく✨️
気持ちに余裕がないときって思ってもないことを言ってしまったり態度が悪くなったりしますが、美空ちゃんが自立して家を出たときにふと思い返してみて自分の過ちに気付いて、やっとお互いにわだかまりが解けて良かったです!
当時の伯母さまは、自分の事でいろいろあって、美空ちゃんに辛くあたる事で、気持ちを何とか保っていたんだね😢 決して許される事ばかりではないけど、いろいろな気付きがあった美空ちゃんは、伯母さまの心情を理解し、受け入れられた😌✨ 今はまだ気付いてないかもしれないけど、夏彦くんとの出会いが、美空ちゃんを変えたんだね😉💓