テラーノベル
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美空は、アルバムをパラパラとめくった。
そこには、美空が幼い頃の写真が綴じられていた。
父と一緒の写真、母と一緒の写真、家族三人で写っている写真。どの写真にも笑顔が溢れていた。
懐かしい両親の笑顔を見つめながら、美空の胸はジーンと熱くなった。
次に、美空は母の育児日誌を開いた。そこには、愛情に溢れた母の言葉が綴られていた。
『愛しい我が子が無事生まれてきてくれた。ああ、なんて可愛いらしい赤ちゃんなんでしょう! それも、私と同じ誕生月なんて! 誕生石が同じなら、茂之さんが贈ってくれたトパーズの指輪をこの子に引き継げるから嬉しい! 愛しい美空! 私の元に生まれてくれてありがとう、私を母親に選んでくれてありがとう!』
『美空が微熱があるっていうのに、茂之さんがあまりにも呑気だからつい喧嘩をしてしまった。「君は心配し過ぎなんだよ」なんて言われたら頭にきちゃう! だって美空は私の宝物なのよ、心配して当然でしょう? 自分の命よりも大切な愛しい我が子、ああ……熱が下がって早く元気になりますように』
『美空が大きくなって結婚相手に選ぶ人は、どんな人なんだろう? 想像するだけで楽しくて仕方がないわ。美空がもう少し大きくなったら、ボーイフレンドの話で盛り上がったりするのかな? ああ、その時が待ち遠しい! ママはあなたの成長が楽しみで仕方ないわ』
『今日初めて美空が「ママ」と呼んでくれました! 夢にまで見た光景に思わず涙が溢れちゃった。でも、茂之さんまで泣くんだもん、つい二人で大笑いしちゃったわ。美空、大きくなったらママといっぱいお喋りしてちょうだいね! ママはその日を心待ちにしているわ』
亡き母の文字を追いながら、美空の瞳には次々に涙が溢れてきた。
(どうしよう……ハンカチ置いてきちゃった……)
その時、伯母の公子が美空にハンカチを差し出した。美空は会釈をしてハンカチを受け取ると、慌てて涙を拭った。
そこで公子が静かに言った。
「美智子さんの代わりにはならないかもしれないけど、何かあったらいつでも私たちを頼りなさい。血の繋がりはなくても、あなたは私の可愛い姪なんだから」
公子は照れていたのか、慌ててプイと横を向いた。
伯母の優しい言葉を聞いて、ますます美空の涙が止まらなくなる。
この日を境に、二人のわだかまりは一切消えてなくなった。
あの日、長野に星空を観に行ってから、美空の周りでは素敵な変化が次々と起こっていた。
それから一ヶ月後、美空は夏彦と一緒に、カフェでノートパソコンの前に座っていた。
「彩度をもうちょっと上げてみて」
「こう?」
「うん、そう、もうちょっとかな?」
「これくらい?」
「そうだね、いい感じだ!」
この日美空は、原村で撮った写真の画像加工を夏彦に教えてもらっていた。
あの日撮った天の川の写真は、少し手を加えただけで、見違えるほど素晴らしい写真へと変わった。
美空はすっかり、そのマジックの虜になっていた。
「パソコンで少し調整するだけで、こんなに変わるのね」
「元の写真が良ければ良いほど、その効果は上がるからね」
「天の川は東京では撮れないから、月の写真でも撮ってみようかな?」
「いいんじゃない? 天体写真は『月に始まり月に終わる』っていう言葉があるくらいだし、月でトレーニングするのはいいと思うよ」
「じゃあベランダから頑張ってみる」
「撮ったら見せてね」
「はーい」
旅行後、土日のどちらかに休みが入ると、美空は夏彦から誘いを受けるようになっていた。
先週は天体写真の写真展、その前の週はプラネタリウム、そして今週はカフェで画像加工のレクチャーだ。
趣味が同じだと話が尽きないし一緒にいて楽しい。
先日は、あまりにも盛り上がり過ぎて、夜中までファミレスで話し込んだ。
(でも、これってただの趣味友よね?)
そんな思いが、美空の頭を過った。
(ま、楽しいからいいんだけどね)
そう心の中で呟くと、彼女はもう一口カフェオレを飲んだ。
「この後、どうしようか?」
突然夏彦がそう言ったので、美空は驚いて顔を上げた。
(え? いつもならお喋りを終えたら解散でしょう?)
「どうする?」
もう一度夏彦が聞いたので、美空は戸惑いながら答えた。
「えっと……どうします?」
「じゃあさ、これからうちに来ない?」
「え?」
美空が驚いた顔をしたので、夏彦は慌てて言い直した。
「いや、そういう意味じゃなくって……前に撮影機材を見たいって言ってたでしょ?」
(なんだ…そういう意味か……)
美空は、つい変な妄想をしてしまった自分が恥ずかしくなる。
『家に来る?』と言われた時、てっきり別の意味かと思ってしまったのだ。
「あ、はい……じゃあ、せっかくだから見せてもらおうかな?」
「了解!」
「あ、でも今からお邪魔したら夜になっちゃうけど、大丈夫ですか?」
「明日も休みだから問題ないよ」
(え? それってやっぱり……?)
美空の胸は高鳴り始める。そんな彼女の様子に気付いた夏彦が、笑いをこらえながら言った。
「良かったら、夕飯を一緒に作って、うちで食べないか?」
夏彦の言葉を聞いた美空は、さらに頭がパニックになる。
(こ、これって……もしや、おうちデート?)
美空がすっかり黙り込んでしまったので、夏彦は焦って言い直した。
「何もしないよ! ただ、ご飯を一緒に作って食べて、機材を見て……そんな感じ?」
「あ、そ、そうですよね! びっくした~! それなら大丈夫です!」
美空の返事を聞いて、夏彦はホッとした様子だった。
「じゃあ、行こうか!」
夏彦は残りのコーヒーを飲み干すと、美空のカップと一緒に返却口へ返しに行った。
カフェを出た二人は、大通り沿いの歩道を歩き始めた。
交差点に差し掛かり、信号が赤になったので二人は立ち止まる。
その時、夏彦の左手が美空の右手を優しく握った。
美空が驚いて夏彦を見上げると、彼は穏やかに微笑んで言った。
「初手繋ぎ!」
その言葉に、美空は真っ赤になってうつむいてしまう。
(何か言わなくちゃ何か言わなくちゃ……)
必死に言葉を探していると、美空の口からこんな言葉が飛び出した。
「も…もしかして、『夏生まれ』で『七夕』で『彦星』だから、夏彦っていう名前なの?」
「そうだよ。今頃気付いたの?」
夏彦は今にも吹き出しそうだ。その時、信号が青に変わったので、二人は手を繋いだまま歩き始める。
ぎこちないカップルの姿を、夜空に浮かぶ満月が優しく見守っていた。
母は『悲しみの涙』を結晶にしてトパーズに変えた。
しかし、美空はこう思う。
自分は『喜びの涙』をトパーズに変えようと。
もしかしたら、今、隣にいるこの優しい人が、その願いを叶えてくれるかもしれない。
夏彦の優しさは、どこか父の温もりに似ているような気がした。
(お母さん……私はあなたと同じように、とても優しい男性に巡り逢いました)
美空は夜空に浮かぶ月を見つめてから、次に隣にいる優しい人の横顔をそっと見つめる。
美空が自分を見ていることに気づいた夏彦は、歩みを止め彼女の方を向き、じっと見つめ返す。
そして、満月が輝く都会の雑踏の中、二人は初めてのキスを交わした。
<了>
宝石にまつわる優しい物語、いかがでしたでしょうか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました✨ 瑠璃マリコ💜
コメント
47件
とても とても素敵なお話し🥹💓月🌕も星⭐️✨も嬉しい涙を見守ってくれますね😊
性別は違いますが美空さんと同じような環境で育った知り合いがいるのでドン底から幸せになって行く過程で宝石と宇宙の星の共通点などで素敵な男性との出会いから幸せになって行く過程が素晴らしく、年替えもなく読みながら涙がでて来てとても清々しい気持ちになれました。
お疲れ様でした😌