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「エクトル様、ご心配なく。部屋でお茶でも飲んで、ごゆるりとしててください。あと二人ね、名前は何でしたかしら? 雑魚?」
「雑魚で結構です。アドリアーナ様」
二人の男が土下座をしている。今まで十年以上も父の命令で私を殴りつけてきた男達だ。今だから私は彼らを倒せるが、幼い頃はやられっぱなしで私を殴る事を彼らも楽しんでいた。
「海に飛び込んで、陸まで辿り着いたらメルチョル・ロランドに伝えなさい。お母様の復讐は必ず私が果たすってね」
私は部屋を出て、船頭まで二人の男を追いやる。
「アドリアーナ様、私は泳げません」
「だから?」
何を言っているのか。六歳の私も「戦えない」と必死に訴えた。それでも、この男達は楽しげに私を殴ってきた。
私の有無を言わさぬ微笑みに、二人の男が海に飛び込む。
「そこまでだ。アドリアーナ・ペレスナ!」
振り向いた所には乗客の若い女性を人質にしたウゴがいた。
「人質を解放しなさい。私と交換よ」
「バカ言うな。お前みたいな化け物、こっちがやられちまう」
「お前」とは随分不敬な呼び名だ。私はペレスナ帝国で今女性最上位の皇后。そして、私が必死に暗殺術を覚えている間、ちっとも強くならなかったウゴ一味に「化け物」呼ばわりされる覚えはない。私が強いのではない、彼らが成長しない愚かな人間なのだ。
「じゃあ、どうすれば良いの? ウゴ、貴方の言うことを聞いてあげる」
「手を後ろに回して、こっちへ来い。少しでも怪しい動きをしたら、この女の首を捻り潰す」
「ひぃっ」
人質の女性はガルシアン王国で流行の繊細なレースの施してあるドレスを着ている。藍色の長い髪は手入れが行き届いていた。
「その方はガルシアン王国の貴族よ。乱暴をしたら国際問題になるわ」
「知るか! 元からここの乗客は皆殺しにするよう言われている」
積荷とエクトルの命を目当てに他の関係のない乗客を殺すとは、私の父は相変わらず無慈悲でやり方が非道。
「ウゴ、貴方もこの任務完了の後は殺されると思うけどね」
「俺を動揺させようとしても無駄だぞ」
私がゆっくりとウゴに近づくと、ウゴは片手で藍色の髪の女性を抱き抱えながら懐からナイフを出してきた。
そして、そのナイフをゆっくりと私の頬に当てる。
頬に覚えのある温かな感触。
「はぁ、はぁ、相変わらず美味そうだな。アンタの血は」
私の血を舐めようとしたウゴの股間を蹴り上げると、ウゴは前屈みになりながら怒りに任せ藍色の髪の女性を引っ張ろうとしてきた。
(相変わらず、自分に勝算がある弱い方に行くのね)
私はウゴの腕を勢いよくへし折る。
私を囲むように驚愕したような表情で見る乗客の中にエクトルが見えた。その後ろには先程スイートルームで気絶させた男の一人がいる。
(しまった、確実に仕留めておくべきだった)
「エクトル様! 後ろ!」
私の言葉にエクトルは後ろの男の腹に肘鉄を喰らわせ気絶させる。
「ウゴ、さよならね」
私はウゴの背を思いっきり蹴り、海に落とす。
エクトルが戸惑ったような顔で私に近寄って来た。
私の頬に触れる彼の手は震えている。
「血が出てます」
「あっ、そうですね」
私が自分の右頬に触れると、そこから眩い光が放たれた。
「聖女の力だ」
「あの方はアドリアーナ皇后陛下よね。聖女の力をお持ちだったのか」
「絶対アドリアーナ皇后陛下よ。ドミティラ王女の面影があるもの! お母様に似て心が洗われるお美しさだわ」
乗客達が口々に言う言葉に私は動揺をする。
私が聖女の力を持っているという事は、この体の中にまだキサラギスミレがいるという事だ。
「アドリアーナ皇后陛下、部屋で休みましょう」
私の腰を抱き寄せ、エクトルが囁く。他に人がいるところで、このように親密な態度を取るという事は愛人の話を受けてくれるという事だろうか。
乗客達が先程エクトルが気絶させたゴロツキを協力して持ち上げ、海に落としているのが見えた。普段見慣れない民族の凶暴さを目の当たりにし、怖くて仕方ないのだろう。私もウゴ達には散々オモチャにされたので、ここで彼らが生涯を閉じても全く同情はしない。
「エクトル様、私は大丈夫です。傷も治りましたし」
「治ったとはいえ、痛かったですよね。ナイフで顔を切られたんですよ」
エクトルが何気なく言った言葉は私の心奥深くまで届いた。冷え切った心の奥に温かい優しさが流れ込んで来る。私がずっと欲しかった私を思い遣ってくれる誰かの気持ち。
「痛かったです。エクトル様。私、ずっと⋯⋯」
私の言葉は最後まで言わせてもらえず、エクトルの深い口付けに飲み込まれた。周囲が先日結婚式を挙げた帝国の皇后のラブシーンにゴロツキとの乱闘を忘れそうになるくらい騒然としているのが分かる。
唇が離れると、エクトルが愛おしそうに私の頬をそっと撫でる。
「傷跡、消えてませんか?」
「綺麗に消えてますよ。ただ、まだ貴方の心は血を流している気がしただけです」
何もかも見透かされてしまいそうなアクアマリンの瞳。私はその瞳をただ見つめるしかできなかった。
「続きは部屋で、良いですか?」
「⋯⋯はい」
私は心臓が飛び出しそうなくらいドキドキするのを隠しながら、エクトルと共にスイートルームに戻った。
#ハッピーエンド
#ハッピーエンド
芙月みひろ
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