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由天。
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第48話 洗う音、回らない朝
朝。
洗濯機の前で、
リカのお母さんは立っている。
肩までの髪を後ろでまとめ、
家用の薄手の服。
袖は少し短く、
手首が出ている。
顔色は落ち着いていて、
目だけが機械を見ている。
洗濯機は、
箱型。
角は丸い。
長く使われた跡があり、
表面は少し擦れている。
側面には、
手動の取っ手。
回す。
けれど、
音がしない。
洗うための歯車が、
噛み合っていない。
脱水用の軸も、
動かない。
父は、
少し腕まくりをしている。
背は高く、
肩幅が広い。
指先には、
細かな油汚れが残っている。
「今日は無理だな」
母は何も言わず、
棚を見る。
洗剤の箱。
最先端の洗剤。
少量で、
よく落ちる。
匂いは弱い。
でも、
洗う場所がない。
母は、
財布をトートバッグに入れる。
靴を履く。
620スポット。
身近な商業街。
道は狭く、
似た看板が並ぶ。
生活の音が近い。
機械屋の前。
中年の人。
背は低く、
背中が丸い。
作業着の袖口は、
擦れて白くなっている。
洗濯機の説明を聞き、
一度、
うなずく。
「これね」
新しい洗濯機は、
同じ形。
洗う。
脱水する。
それだけ。
余計な機構はない。
精算した。
家に戻る。
取っ手を回す。
音がする。
水が動く。
歯車が、
きちんと噛み合う。
洗剤を入れる。
ほのかな匂いが、
部屋に広がる。
生活は、
また回り始める。
それだけの朝だった。