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金原は、出迎えが無いのが気になるのか、勇み足で奥へ向かっている。
櫻子は、自分も着いて行った方が良いのか悩みつつ後を追った。どのみち、部屋へ向かうには、金原と共に進まなくてはならない。
途中、何度か金原は皆を呼んだが、やはり、返事はなかった。
まさか、誰もいない。そんなはずはない。返答が無いのはおかしいと、櫻子も気になり、歩みが早くなっていく。
「はっ!まったく、昼間からっ!」
台所の入り口で、金原は、呆れていた。追いついた櫻子も、そっと、覗いて見るが……。
「八っつあーん!あたしを、抱いとくれよぉーー」
「い、いけねぇー、櫻子ちゃん、奥様だろ。だめだ。俺は、抱けねぇーー」
お浜と龍が抱き合って、世迷い言を口走りながら、板間をゴロゴロ転がっていた。
脇では、八代が階段箪笥に寄りかかり、扇風機の風にあたっている。
「ああ、これは。気がつきませんで」
八代が、赤らんだ顔を金原へ向けた。
「ははは、まあ、いつものことですよ。社長」
どこか、呂律が回っていない八代は、お浜と龍の姿に肩をすくめる。
台所の板間は、空の一升瓶が何本かと湯飲みが散乱し、赤飯の入ったお重が広がっていた。
「いや、祝い膳は、酒を飲んでからと思いましたが、結局、箸を付けないままで……」
八代は、有り様を説明しようとしている。金原は、そんな八代へ、何が言いたいのか伝わってこないと顔をしかめた。
「酒は、まあ、八代、お前が戻って来たということで、大目に見ても、あれは、なんだ。お浜と龍の二人は!それに、祝い膳に箸を付けてないと言ったが、赤飯だけが残っているのは、どうしてだ?」
酔っぱらうにも程があると、金原は、八代へ苦々しく言った。
「はい?最初から赤飯だけでしたが?」
八代は、金原の機嫌の悪さなどお構い無しだったが、赤飯についてだけは真顔で答えた。
「あー!社長が、言ったじゃないっすかぁー!祝いの膳を、料理屋に頼めって!俺っち、ちゃんと、赤飯頼んで来ましたよ!」
車を片付けた虎が、お勝手口に立っている。
「……虎の仕業と言うわけですか……」
やれやれと、八代は、ぼやき、扇風機を止めた。
「えっ、八代の兄貴、なんで、扇風機なんか……」
「酔い醒ましに決まってるだろ、虎。お前こそ、なんで、赤飯なんだと、言いたいが、社長、あいつに言いつけたのが、運の尽きって、やつですね」
赤飯だけじゃ、食事にならんだろうなぁ、と、八代は、ぼやいた。
「えー!祝いといったら、赤飯でしょ!それに、俺っち、赤飯があれば、なんもいらないっす!」
「それは、俺っち、お前、お前だけだろうがっ!!」
呑気な虎へ、金原は怒りをぶつける。
どうやら、虎が、料理屋へ赤飯だけを頼んだようだ。
金原の後ろで見ていた櫻子も、細かな事はわからないが、おおよその見当はついた。
お浜達も、羽を伸ばしていた、ということらしく、まさに、鬼の居ぬ間に、だったのだろう。
夕餉の支度をしなければならないのならと、櫻子は、つい、口を挟んでいた。
「あの、お赤飯……皆で食べましょう。私が、何かお作りします」
「お、お前は、休んでいろ!動き過ぎだ!」
「いや、社長、愛妻家ですねぇ」
「う、うるさいぞ、八代!まだ、酔っぱらってるのかっ!!」
金原一人が苛っている。そこへ、八代が、わざわざ、声をかけ、からかうような仕草を見せる。
「ああ、そうだ、虎に何か食べる物を、買いにいかせましょう。そうすれば、櫻子さんもゆっくりできる。違いますか?」
苛立っていた金原も、はっとして、虎を見た。
「あの、虎さんばかり。虎さんも、十分動いてますし……」
人力車を引いて、走り回っているのだからと、櫻子が虎を庇うと、たちまち、金原は、ぷいと、顔を背ける。
だが、虎はというと、歓喜の声をあげていた。
「虎さん!虎さん!っすよー!!八代の兄貴、聞きましたか!!俺っち!!買って来ます!!」
櫻子に、さん付けされたと、虎は、大喜びで、一目散に駆け出して行った。
「すみませんねぇ、騒がしい野郎で。そして、買い物は、ツケが利く店がありますからね。そちらで、済ますんです」
八代が、櫻子へ言った。櫻子は、何故、自分の考えがわかったのかと、不思議に思う。
「買い物のお金は?と、櫻子さんの顔に書いてましたよ?ついでに、旦那様の方は、俺の妻に気安く声をかけるなと、そんなところでしょうか?」
ニヤリとする八代に、櫻子は、心を読まれていたのかと恥ずかしくなり俯くが、金原は、当然、掴みかかる勢いで、八代へ言った。
「これは、妻ではない!!」
「ちょっと、待ったーー!キヨシ!!なんだってっ!!」
「妻じゃなかったら、櫻子ちゃんは、なんなんですかいっ?!」
転がっていた、お浜と龍が、ガバリと起き上がり、一斉に叫ぶ。
八代は、何故か、笑いを堪え、様子を伺っている。
櫻子は、何が起こったのかと、混乱した。あれほど、夫婦だ、妻だと、粘っていた金原が、今は、妻ではないと言い切っている。
「櫻子さん、安心してください」
「そうだよ!八っつさんの言うと通り!」
「櫻子ちゃん!俺と一緒になるかっ!」
皆、口々に言いたい放題で、櫻子の混乱は増す一方だった。
「聞け!!人の話を聞け!!酔っぱらいどもがっ!!あの妹が言ったんだ!御披露目もしていない、夫婦じゃない、となっ!!」
金原が、珠子の事を持ち出したとたん、台所には、お浜と龍の、地面が割れるかのような雄叫びが響いた。
血相を変える二人を無視する八代は、これまた、すべてお見通しなのか、ふっと、笑った。
「なるほど、それで、社長は?」
「さぁて、どうするかなぁ」
八代につられ、金原も笑った。
男二人の笑みに、櫻子は、ぞっとする。
正直、珠子憎し、という思いはある。しかし、目にする金原と八代の含み笑いには、とてつもない事が起こりそうだと、珠子の事を気にかけてしまう程、非情さが漂っていた。