テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
新学期の前日、駅前はいつもより人が多かった。夏休みの終わりを惜しむように、制服姿の友達同士や買い物帰りの家族が行き交っている。
私は改札の前で立ち止まり、翔太を探した。
ほどなくして、彼が自転車を押しながらやってくる。
「お待たせ」
「ううん、私も今来たとこ」
二人でベンチに腰を下ろすと、夕暮れの空が淡いオレンジ色に染まっていく。
街のざわめきと電車の到着音が混ざる中、しばらく無言で空を眺めた。
「なんか、夏ってあっという間だな」
「そうだね。でも……今年はすごく長く感じた」
「いい意味で?」
「もちろん」
翔太が少し笑って、ポケットから何かを取り出した。
それは、あの日祭りで買った金魚の根付けだった。
「ちゃんと持ってるよ」
「……私も」
私はカバンのファスナーを開け、白い金魚の根付けを見せた。
「じゃあさ、また来年もおそろい増やそう」
「うん、いいね」
電車がホームに入ってきて、風がふっと吹き抜ける。
その風に髪が揺れて、頬に触れる。
私はその感触と、この瞬間の空の色を、ずっと忘れたくないと思った。
「また来年の夏も、一緒に」
「……うん、約束」
発車ベルが鳴る。
立ち上がった翔太が、改札をくぐる前にもう一度だけ振り返った。
私も手を振る。
その笑顔を目に焼き付けながら、私は静かに心の中で繰り返した。
——また、来年の夏に。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!