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#ハッピーエンド
26
エドガーが「まだ息が——」と言い終わるより早く、
ズルリ……!
倒れていたはずのオーガの指が動いた。
巨体が揺れ、血を吐きながら起き上がる。床に落ちた血が靴底へ広がり、ぬめる。
目の奥の赤だけが残る。瞬きがない。
斧が上がった。狙いはダリウス。
「——ッ!」
ダリウスが気づいたのは、刃が振り下ろされる瞬間だった。肩が硬直し、足が遅れる。
「くそぉッ!!」
オットーが叫びながらダリウスを突き飛ばした。
次の刹那、視界に飛んできたのは血の飛沫と、
オットーの右足だった。
肉片が散り、洞窟の地面に転がる。
転がった足が一度だけ跳ねて止まった。
「オットー!!」
ダリウスが叫び、駆け寄る。
オットーは崩れ落ちるように片膝をついた。膝が床に当たって鈍く鳴る。
それでも、
残った力を絞り出して盾を突き出した。腕が震え、肩が下がりそうになるのを耐える。
「シィ……ィィィ……ールドバッシュ!!」
光をまとった盾がオーガの斧撃を受け止める。衝撃が腕を通って背骨へ響き、歯が鳴る。
火花みたいに魔力が散り、斧が盾の表面を削り続ける。
ズシン、ズシン、ズシン……!
オットーの顔色が抜ける。唇が紫に寄る。
足元に黒い血溜まりがじわりと広がり、靴底が沈む。
*
ダリウスは自分の服を引き裂いた。布が裂ける音が短く響く。
オットーの断面に巻き付け、両手で押さえ込む。
「馬鹿野郎! 喋るな!
今すぐ止血する! 動くな!!」
指先が滑る。握り直す。押さえ直す。
帯がみるみる赤く染まり、布が重くなる。
オットーは歯を食いしばり、嗄れた声で笑おうとした。
「あぁ……頼む……ぜ……」
頬がこけ、目の焦点が揺れる。
ダリウスは叫ぶ。
「奴も瀕死だ……!
おそらく最後の攻撃……!
耐え切るだけで勝てる……!」
オットーは気絶寸前の顔で、それでも口角を上げた。息が短い。
「我慢比べか……
楽勝だ……酒を……我慢する方が……ずっと辛ぇ……」
ダリウスも笑おうとして、喉が詰まる。視界が滲み、まばたきが増える。
「あぁ、その通りだ……
絶対に……一緒に生きて帰るぞ……!」
*
一方。
エドガーは魔導書を乱暴にめくった。ページの端が折れ、指が引っかかる。
喉の奥で息を吸い込み、吐く前に声を出す。
「ぐっ……! ……あと一押し……!
ミラ! ランプを、魔導書の近くへ!!
急いで!!」
返事がない。
「……ミラ?」
ミラがいたはずの位置に、誰もいなかった。
エドガーが目線を上げた瞬間、視界の端を金髪が駆け抜けた。
ランプはない。手ぶらだ。
ミラが全力で走っていた。ダリウスとオットーへ一直線に。
「オットーーーッ!!!」
足音が砂利を叩き、呼吸が切れる。
ダリウスが叫ぶ。
「ミラ!! くるな!!!」
声は届かない。ミラは前だけを見ている。
倒れかけのオットーだけが視界に入っている。
ミラは胸元のネックレスを握りしめた。指が食い込み、銀がきしむ。
足元を滑らせるように膝をつき、床に掌が当たって擦りむける。
「暖かき女神の息吹よ──
肉体を再び編み直せ――《神光再命》!!」
光が弾けた。
白金色の光が断面へ流れ込む。肉が盛り上がり、骨が伸び、血管が形を取り、皮膚が一気に覆い尽くす。
足が元の形へ戻る。血溜まりが止まり、色が変わっていく。
オットーが大きく息を吸い込んだ。胸が跳ね上がる。
「っ……!!」
次の瞬間、ミラが倒れ込む。膝が崩れ、頭が落ちる。
「ミラ!!」
ダリウスが抱きとめた。腕の中で体がやけに軽い。
呼吸はある。だが返事がない。首がぐらりと揺れ、髪が頬に貼りついたまま動かない。
その二人の前で、オットーが立ち上がる。
足裏が床を踏み、重い音が返る。体重の乗り方が戻っていく。
「……なんだかわからねぇがよ」
声が低い。喉が震える。
「てめぇ……」
オットーのシールドが白く光り始める。指が盾の縁を握りしめ、関節が浮く。
「……よくも……!」
光が強まる。盾の輪郭が太くなる。空気が押し返され、髪が揺れる。
「さっきは……よくもやってくれたなぁぁぁぁ!!」
オットーが咆哮した。
「シールドバッシュ全開!!!」
轟音。
光の奔流が放たれ、オーガの巨体が吹き飛んだ。壁へ叩きつけられ、石が欠ける。
「うおおおおおおおおおッ!!」
オットーが突撃する。足音が一歩ごとに重い。
シールドがさらに厚みを増し、鈍い音を立てて押し込む。オーガの体が壁に潰されていく。
ミシミシ……バキバキッ……!
骨が砕け、肉が潰れ、湿った音が混ざる。
抵抗の動きが小さくなり、最後は止まった。
石壁とシールドの間に残ったのは、形の崩れた肉塊だった。
静寂。
広間に残るのは息遣いだけ。
オットーは肩で呼吸しながら、ゆっくりとシールドを下ろした。腕が震え、膝が一度だけ折れかけて踏み直す。
その直後。
ゴウン……!
低い音とともに、次の階層への巨大な扉が開く。石が擦れ、冷たい空気が流れ込む。
誰もすぐに声を出せない。
ダリウスはミラを抱えたまま、喉を鳴らした。エドガーは魔導書を落としそうになって抱え直す。オットーは血の乾きかけた床を見下ろす。
足音を一つ。
呼吸を一つ。
そのあとで、四人はようやく動き出した。
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