第27話「お盆の盆踊り」
夜のあかりは、ぼんやりと揺れていた。
輪のように並んだ提灯は、誰が灯したのかわからないまま空に浮かび、
その下では盆踊りの輪がゆるやかに廻っていた。
ナギは人混みのなかにいた。
ぬれたような空気。
地面にしみこんだ太鼓の音。
手拍子のかわりに、だれかの笑い声。
今日のナギは、紺とあずき色の格子柄の浴衣を着ていた。
髪はふわりと後ろで結ばれ、もみあげだけ頬に沿って垂れている。
首筋に、夜の湿気がすっと張りついていた。
「どこにいるの……?」
ナギはユキコをさがしていた。
でも──みんな、ユキコに見えた。
そして、どのユキコも少しずつ違っていた。
輪のなかに入る。
手をつなぐ。
足を出す。
一歩、まわす。
誰かの背中。誰かの肩。
「ナギちゃん」
背後から声がした。
ふりむくと、そこにいたのはユキコのような、ユキコではないような顔。
「わたし……なの?」
ナギが聞くと、相手は微笑んで手を差し出した。
「踊ろう」
踊りながら、ナギは自分の手のぬくもりを感じようとした。
けれど、指先は冷たく、そしてどこかで途切れていた。
足元も、まるで床のない舞台で舞っているようだった。
目の前の人の顔が、にじむ。
輪郭が、ぼやけていく。
名前が──思い出せない。
もしかして、自分の名前すら。
ナギは立ち止まった。
輪のなかで、音だけが進み続ける。
ユキコを、見失った気がした。
そのとき。
ぽん、と肩をたたかれた。
ふりむくと、そこには“本当の”ユキコが立っていた。
今日は、墨をうすめたような灰青の浴衣。
胸元のひとすじの刺しゅうだけが、月の形をしていた。
ユキコは黙って、ナギの手を取った。
「まぎれるって、怖いね」
ナギが言った。
「でも、ひとりじゃなければ、大丈夫」
ユキコはそっと答えた。
再び輪に入る。
今度は、手がつながっていた。
ちゃんと、重みがあった。
ふたりの歩幅が合うたび、胸の奥に灯がともる気がした。
その夜のスタンプは、輪の形だった。
にじまず、かすれず、静かに残っていた。