銀座はかなり久しぶりだった。
こうして車から外を眺めていると銀座のクラブにいたのが遠い昔のように思えてくるから不思議だ。
窓の外の景色が徐々に見慣れた街並みに変わってくる。
同伴出勤の前に訪れた寿司店や、仕事終わりに飲みに行ったバーが見えてくる。
愛人の野崎を思い出すと頭に来るが、その他の客はとても紳士的な男性が多かった。
特に父親ほど年の離れた客達は、いつも華子を娘のように可愛がってくれる。
彼らは野崎のように決して威張る事はなく、むしろ店で働く女性達を良い気分にさせてくれる。
やはり器の大きな男の態度は違うものだなぁと、その当時の華子は思っていた。
陸が車をコインパーキングへ停めると、二人は車を出た。
そして目的の店へ向かう。
華子が見つけた店は、銀座の表通りから一本奥に入った場所にあった。
宝飾店の店名は『étoiler(エトワレ)』というフランス語で、『星を散りばめる』という意味らしい。
店の外観はフランスの街角にあるような洒落た雰囲気で、ドアや窓枠はアンティークの建具を使っていてとても素敵な店だった。
二人が店に入ると50代位の女性スタッフが傍に来て、
「いらっしゃいませ」
と出迎えてくれた。
陸は早速スタッフに向かって言った。
「すみません…18金で出来たダイヤがいくつか繋がったデザインの指輪をネットで見たのですが…」
「ちょ、ちょっと陸! あれじゃなくていいって言ってるでしょう?」
華子は陸の肘をバシッと叩いて言った。
「まあいいじゃないか、折角だから見せてもらおう」
そんな二人を微笑ましげに見ていた女性スタッフは、
「それでしたらこちらにございます」
女性スタッフはうやうやしく頭を下げると、二人を店の奥へ案内する。
そしてその指輪が入ったショーケースの前で二人に言った。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
「ああそれです。見せていただけますか?」
女性スタッフは、
「かしこまりました」
と言って、華子がスマホで見た指輪と同じ物を目の前に出してくれた。
黒いベルベットのトレーに載ったその指輪は、とても上品で高貴な光を放っている。
(なんて美しいの…)
華子は一瞬でその指輪の虜になった。
「よろしかったらお着けになりますか?」
女性はリングをトレーから取り外してくれた。
華子は陸の顔を見上げ不安そうな顔をする。
「いいから」
陸が促すと、華子はその指輪を手に取り左手の薬指にはめてみた。
すると信じられない事にサイズは華子の指にピッタリだった。
華子の指は標準よりもかなり細い方だ。だから大抵の指輪は購入時にサイズ直しが必要になる。
しかしこの指輪はあつらえたようにピッタリだったので華子は驚いていた。
「ピッタリでございますね。とてもお似合いでいらっしゃいます。こちらは夜空に輝く星をイメージしてデザインされたものなんですよ」
スタッフは微笑みながらそう教えてくれた。
華子はもう一度チラリと陸を見る。
すると陸が言った。
「サイズに問題がないようならこれにしようか?」
「高いわよ…本当にいいの?」
「いいから連れて来たんだ」
陸は優しい笑みを浮かべる。
その時女性スタッフが二人に聞いた。
「大変失礼ですがこちらのリングのご用途はご婚約か何かでいらっしゃいますか?」
そこで陸が答える。
「婚約指輪はまた先で購入する予定ですが、とりあえず普段身に着ける指輪が欲しかったので買いに来ました。仕事中邪魔にならないような…」
陸の言葉にスタッフはなるほどと頷く。
「それならこちらのリングがぴったりかと。この指輪は出っ張りもございませんしダイヤの爪の部分もセーターなどに引っかかりにくいように作られております。そして七つ並んだダイヤにはジンクスもあるんですよ」
「ジンクス?」
華子が聞き返す。
「はい。当店ではこの七つ並んだダイヤを『幸せの七つ星』と呼んでおりまして、この指輪を身に着けると必ず幸せになれるというジンクスがあるんです」
「へぇ、なんだか楽しそう…」
「はい。この指輪を買って願いが叶ったというお客様が本当に多くいらっしゃいまして、それがどんどん口コミで広がったみたいなんです。願いが叶った方からはお礼の手紙も沢山いただくんですよ。そして今ではわざわざ遠方からお買い求めに来られる方もいらっしゃいます」
「それは素敵ね」
そこで陸が華子にもう一度確認する。
「じゃあこれでいいね?」
「うん」
「じゃあこれをお願いします」
「ありがとうございます。今お会計の用意をして参りますので、あちらのソファにおかけになってお待ち下さい。あ、リングは、身に着けていかれますか?」
「どうする?」
「着けて行きます」
華子は迷わずそう答えた。
そんな素敵なジンクスがあるなら肌身離さず着けていたい。
(ありがとう陸…私ずっとお守りのような指輪がが欲しかったの……大切にするわ)
華子は心の中で呟くと、左手を差し出して陸に指輪をはめてもらった。
そのリングはやっと居場所を見つけたかのように、華子の指にはめた瞬間なんともいえない美しい輝きを放ち始めた。
コメント
4件
こちらの宝石店は「月遊び🌕」でのお二人が訪れましたよね♪華ちゃんもきっと幸せになれるよ💗
華子チャン、陸さんから 素敵な指輪をプレゼントしてもらえて良かったね....✨💍✨💖 ダイヤモンドの7つの星は きっと華子チャンを守り、幸せへと導いてくれるよ💎🌠✨
幸せになるってジンクス。華子さん幸せだわ