テラーノベル
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南方から動員された兵の中には、ヨルバ島出身の者たちもいた。
その中に、背の低い老人が一人いた。
老人は北側の城壁に沿って、防御ネットを張る作業に加わっていた。
やがて作業の手を止めると、彼はロドリゲスに近づいていった。
「あのバリスタの最大射程は?」
唐突な問いだった。
ロドリゲスは、つい反射的に答えていた。
「最大三百メートル」
「矢の重量は?」
「十キロ」
「連続装填もできるんだな」
「そうです」
そこまで答えて、ロドリゲスはようやく我に返った。
目の前にいるのは、背の低い老人にすぎない。
「ご老人、いったい何を……」
問いかけようとした、そのときだった。
「あの片腕は?」
老人が口を開いた。
「いるんだろう。この城に」
ロドリゲスの表情が変わった。
老人は、北の城壁に据えられたバリスタを見上げていた。
その眼差しには、老兵の好奇心とは異なる何かがあった。
「チェスでもやろう、そう伝えてくれ」
かつて皇帝の座にまで上り詰めた男は、静かにそう言った。
「なんであんたがここにいるんだ!」
サイラスは、思わず声を上げた。
ユンナもまた、唖然としていた。
カイル・ゼイオン。
革命の混乱に乗じて侵入してきたエウロピア各国の軍隊を次々と撃破。
連戦連勝を重ね、ついには皇帝の座にまで上り詰めた男である。
だが、ヴァンガルド遠征の失敗によって失脚。
その身をヨルバ島に流されていたはずだった。
「国家存亡の危機に、国民として協力するのは当然ではないか」
カイルは何事もなかったかのように答えた。
そして、サイラスの顔を見据える。
「ところでサイラス。俺に軍を預けてみないか」
「……あんたに預けたら、そのまま王都に進軍しかねない」
「そんなことはせん」
カイルは即座に否定した。
だが、次の瞬間。
「……まあ、状況次第だが」
「やっぱり駄目だ! 憲兵につきだそう」
「ちょっと待て、サイラス」
カイルは慌てる様子もなく、片手を上げた。
「俺に、あの軍を退ける策があるぞ」
「……?」
サイラスは足を止めた。
「焦土作戦だ。焼き払おう」
「そんなことは、もうやっている」
「違う、違う。俺が焼き払えと言っているのは、キプチャン草原だ」
「敵地じゃないか」
サイラスは眉をひそめた。
「それに、なんでまた……」
「飢えさせるのは、人じゃない」
「……?」
カイルは北の城壁、その向こうに広がる草原を見据えた。
「馬だ」
「!」
サイラスの表情が変わった。
「気づいたか」
カイルは、サイラスの顔を見て口元を緩めた。
「ここまで到達したモンゴリア軍の最大の武器は二つある」
「馬を駆使した機動力と……」
サイラスが呟く。
「そうだ。そして、もう一つが世界中から集めた攻城兵器だ」
カイルは北の城壁に目を向けた。
「だが、キプチャン草原となると話は変わる」
「……まさか」
「焼き払える軍はある」
カイルは静かに告げた。
「アメリアだ」
「!」
サイラスは息を呑んだ。
「あんた、やっぱり天才だ……」
「そっちの方は任せるとして……」
カイルはサイラスに向き直った。
「やっぱり、俺に軍を預けてみないか」
「……」
サイラスが呆れたようにカイルを見る。
カイルはそれを受け流し、ロドリゲスに目を向けた。
「ロドリゲス君、といったね」
「あっ、はい!」
「さっき話していた弾道の計算だが、
あれはすべて北門の城壁を初期位置として考えているんだよね?」
「はい。北門と、各方面の城壁に配置したものだけです」
「城壁の外には置いていないのか」
「ええ。敵に奪われる危険がありますので」
「ふむ……」
カイルは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。
「そのバリスタ、移動させることはできるのか?」
「一応、可能です。ただし、かなりの人手が必要になります」
「なるほど」
カイルは満足げに頷いた。
そして、再びサイラスに向き直る。
「サイラス。やっぱり俺に、あのバリスタをくれ」
「……軍だけじゃなく、兵器までですか」
サイラスが顔をしかめる。
だが、カイルはすでに地図を広げていた。
その指が、地図上のある一点を指し示す。
「ここだ」
彼の目には、すでに次の戦場が見えていた。
数日後。
ベルケ率いるモンゴリア軍が、北方に姿を現した。
北門の城壁上では、ドーンとロドリゲスが並んで敵軍を見下ろしていた。
「あれが……モンゴリア軍か……」
ドーンが呟く。
ロドリゲスは黙って頷いた。
ドーンは彼に目で合図を送った。
「総員、配置につけ!」
号令が城壁に響き渡る。
城門は固く閉ざされ、守備兵たちはそれぞれの持ち場についた。
城壁の手前では、モンゴリア軍の騎兵たちが大きく旋回している。
やがて、両軍の間で矢の応酬が始まった。
城壁の上からも、守備兵たちが次々と矢を放つ。
そのさなかだった。
モンゴリア軍の後方から、多数の投石兵器が前進してくる。
「撃てえ!」
号令とともに、無数の石が城壁に向かって降り注いだ。
だが、石の多くは防御ネットに阻まれ、
城壁に届く前に勢いを失って落下していった。
ロドリゲスは敵の動きをじっと見つめていた。
そして、敵の投石兵器が射程圏内に入った瞬間――。
彼は片手を上げた。
「撃ってください!」
兵士たちが一斉にバリスタへと取りつく。
「Aの印に合わせた角度でお願いします!」
次の瞬間。
複数の大型バリスタが一斉に唸りを上げた。
次の瞬間、巨大な矢が敵陣めがけて放たれた。
コメント
1件
いやあ、面白かったです…!元皇帝カイルのキャラが最高ですね。「状況次第だが」のところで思わず笑ってしまいました。焦土作戦で馬を飢えさせる発想、地図の一点を指す描写、すべてが理にかなっていて気持ちいい。伏線と戦略がじわじわ効いてくる展開、大好物です。続きが待ち遠しいです!
葉音/ペア画中
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#異世界転生
上野文
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