テラーノベル
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掲示板の前の騒ぎは、セルマが「この子も少し休ませなさい」と笑って締めくくったことで、いったん散った。けれど、休ませるという言葉のわりに、アネミークは倉庫裏の細い通路へ半ば押し込まれるように連れていかれていた。
夕方、ディアビレは洗い場の片づけを終えると、ルナ・マグで温めたミルクを片手に使用人部屋をのぞいた。アネミークはベッドの端に座り、両手を固く握っている。肩先が細かく震えていた。
「飲める?」
声をかけると、アネミークはびくっと顔を上げた。責められると思っていたらしい。その目を見た瞬間、ディアビレの中の苛立ちは少しだけ形を変えた。
「私は、盗ってないです……本当に」
「うん。知ってる」
「でも、型紙は私のポケットから出て……」
「入れられたのかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。今は、こぼさないで飲むことを優先して」
温かいカップを手渡すと、アネミークの指がようやく少し開いた。ひと口飲んだだけで、彼女の目が赤くなる。
「どうして、怒らないんですか」
「怒る相手を間違えたくないから」
部屋の外では、遠くでガラガラヘビが鳴った。誰かが急いでシーツを運んでいる音だ。ホテルはいつも通り動いているのに、この小さな部屋だけが時間から外れたみたいに静かだった。
アネミークは唇を噛み、それから絞り出すように言った。
「奥様が、焼却炉に運ばせたの」
「帳面を?」
首を振る。
「帳面じゃなくて、もっと大事なものを。箱みたいな……古くて、布で包まれてて……私、見たんです」
カップの中のミルクが、彼女の震えで小さく揺れた。
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