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第21話:恋レアオフラインデー
その日は、全国の話題が“恋レアのない一日”に集中していた。
レンアイCARD株式会社が打ち出した特別企画――「恋レアオフラインデー」。
サーバーを丸一日停止し、カード使用やアプリログインが完全に無効となる初の試みだった。
“カードなしでも、あなたの恋は動くか?”
そんな挑発的なキャッチコピーが街のビジョンに映し出され、SNSでは「#恋レア休みます」のハッシュタグがトレンド入りしていた。
その日の朝。
天野ミオは制服のリボンを少しきつめに締め、髪をひとつにまとめて学校に向かっていた。
白いカーディガンを羽織り、前髪は分けていて、顔全体が明るく見える。
スマホは持っていたが、アプリは開けなかった。
手のひらが軽いと感じたのは、恋レアが動かないからだろうか。
教室では、あちこちで手持ち無沙汰な声が上がっていた。
「何していいかわかんない」「目が合っても、演出できないんだよね」
「カード使わないと、不安になるなんてさ……」
普段からスコア上位だった大石リノも、今日はメイクをいつもより控えめにしていた。
制服のリボンはそのまま、髪型だけ巻かずに結んでいた。
彼女はミオに声をかけず、席で静かに日記をつけていた。
昼休み、校庭では静かな風が吹いていた。
いつもなら《接近演出》や《偶然の視線》が飛び交うエリアにも、誰もカードを使っていなかった。
その中心にいたのが、大山トキヤだった。
今日はパーカーの代わりにシャツ一枚。
ネクタイもジャケットも着ていない。
彼はポケットに手を入れたまま、校庭の隅に立っていた。
ミオは、ゆっくりとその場所に近づいていく。
誰も使わないからこそ、ふたりの距離は自然だった。
話さなくても、伝わるものがある。
目をそらさなくても、心が逃げない。
カードなしで生まれる空気は、不安だけど、確かに“自分のもの”だった。
トキヤはふと、ポケットから何かを取り出した。
それは、折りたたんだ白い紙だった。
彼は言葉ではなく、それをミオに渡した。
そこには、鉛筆で書かれた一文だけが記されていた。
ミオはそれを受け取り、黙って読んだ。
その瞬間、アプリの通知も、カードの発動もなかったが、心の奥で何かが静かに響いた。
“今日の恋は、何も演出できない。でも、誰にも消されない。”
ミオはその紙を丁寧に折り、制服の胸ポケットにしまった。
オフラインの一日が終わっても、そこにあった気持ちは、何も失われなかった。