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ぜんぶが中途半端になるのではないか。それが、いちばん気になっていた。
レッスンが減るのもさみしい。
それでも資格を取っておいて損はない、チーフの発言はもっともだ。
慣れないレシピ開発部の仕事に、リーダー昇格試験の打診。未央のあたまはオーバーヒート寸前だった。
「未央、最近疲れてない? 顔色悪いよ」
仕事の帰り、駅ビルで待ち合わせた亮介は、未央の顔を覗き込んだ。
夜遅くまで、レシピの試作をしたり、考えごとをしているのを心配してくれたようだ。
「うん……そうだよね。ちょっと考えなくちゃいけないことがいっぱいで……」
「無理しすぎなんじゃない? 最近ずっと夜遅くまでおきてるし」
「うん……でも、いまがんばらないと」
「そんな怖い顔してもいい考え浮かばないと思うけど?」
怖い顔? そっか……怖い顔に見えたんだ。いろんなことがうまくいきすぎて、心がついていかない。スピードに乗り切れない。
ここ最近、いつもなにか考えていて、のんびりする時間がなかった。
「なんか……疲れた」
駅のホームで電車を待ちながら、思わず顔を覆った。
いまさらこんなに疲れていたのだと自覚する。
あんなにやりたかった、レシピ開発部。
なりたかったリーダー講師への挑戦。
レシピ開発部に配属されて、まだ半月しかたっていないのに、プレッシャーで心が潰れそう。
「未央、いま何したい?」
亮介はいつもの透明で穏やかな声で訊いてきた。「何したら、いちばんテンション上がる? お金とか時間とか関係なしに」
テンションあがること? うーん……。
「夢の国、いきたいな……」
「いいよ! 未央がよければいますぐ行こう!」
「えっ? いまから? 私はいいけど……、亮介疲れてるでしょ?」
亮介は両手を未央の頬にそっと添えた。
「たまには僕にも甘えて?」
コツンと額を当てられて、心臓がバクンと跳ねる。
「……、行きたい! 夢の国、いまから行きたい!」
亮介はニコニコして、未央の手を握ると、反対のホームへ向かって歩き出した。
「ほっ……ほんとにいいの?」
心配そうに未央は亮介の顔を覗き込む。
「いいに決まってるじゃん。最近デートも全然してないし。いまなら花火も間に合うよ。それに、未央のよろこぶ顔、見たい」
あぁ、私、この人がすごく好きだ──
亮介の手の温かさが、波紋のようにゆっくり穏やかに広がって、固くなった心が溶けていく。
駅から30分ほど電車に揺られて、夢の国へ着いた。改札を出て右にずっと歩いていく。聞き慣れた音楽が流れ、それだけでもテンションはぶち上がった。
閉園までの、たった4時間。だけど、本当に夢のような4時間だった。
平日だから、人も少ない。アトラクションの待ち時間もほぼ5分くらいで、じゃんじゃん乗って、しこたま楽しむ。
夕食は、入り江がモチーフになったレストランで。
前から気になってはいたけど、高くて入ったことないと言うと、亮介は迷わずそこにしてくれた。
頭の中にかかったもやが、スーッときれいに晴れていく。疲れているだろうに、それを感じさせず、ここへ連れてきてくれた亮介に、感謝しかなかった。お城越しの花火は、いままででみたどの花火よりもきれい。
花火を見ながら、キスをした。
ロマンティックなんて言葉じゃ全然足りないくらい。
心の想い出ギャラリーの、いちばんいい場所に永遠に飾っておこう。
大好きって、何度も何度も言って、けらけら笑って写真も撮りまくった。
亮介はお土産に、かわいいガラス細工の置物を買ってくれた。恋人とのザ・デート!! というのを思いっきり楽しんだ、夢のような4時間だった。
閉園まで楽しんで、23時を過ぎた頃にマンションに着いた。シャワーを浴びてベッドにふたりで倒れこむ。
「亮介、きょうはありがとう」
「元気出た?」
「うん、なんか頭もスッキリした」
「よかった。足、疲れてない?」
「平気、またあしたからがんばれそう」
「未央、僕にはいつでも甘えて? 大変なこととか、辛いこととか、なんでもぶつけてくれていいから」
亮介は未央をぎゅっと抱きしめた。くるまれた腕はとても温かい。