「エミール。待たせたな」
精霊界の一部が王城と繋がっているままのそこに、呪いの残りであろう黒い揺らぎがあり、その中にエミールがいるのがわかる。
「ダリルさん。この子がそうっすか?」
うさ耳はいま俺の背中に乗っている。魔力を使い過ぎてバテているとはいえ、あそこに放置したままにも出来ないから連れてきたが、この先は何も出来ることはないだろう。
「ああ。俺の助けたいやつだ。あと少し……これなら俺でも解呪出来るかもな」
そして、ここに未だに縫い付けられている者がいる。
そいつも回収しに来たんだ俺は。
エミールの腹に手を当てる。そこに確かな手応えを感じて俺はその短剣の柄を握り、引き抜いた。
呪いは生きたまま、だが短剣に釣られてエミールから引き剥がし、その姿を引っ張り出すことに成功した。
握って引き抜いた剣の柄の先には、闇を煮詰めて固めたようなおぞましいモノが蠢いている。
それは破滅の象徴。対象を滅ぼす事だけを願われた魔術。負の願いは呪いへと変わるのだ。そしてその破滅の象徴はやがてひとつのはっきりとした輪郭になってみせた。
刀身を取り戻した短剣は俺の手にある。だが……この短剣からは大事な者が抜けている。物ではなく者。
目の前には三つ編みにメイド服を着せた様な真っ黒のシルエットがあった。それは風になびくようにまだ少し不定形ではあるが、かつて俺が壁に描いた相棒。似合わない眼鏡を掛けさせて、悪い虫がつかない様になんて計らった相棒。
シルエットですら、俺の好みがバッチリと反映されていて、呪いに取り込まれてしまったことに怒りを覚えているのに、ついつい苦笑いしてしまう。
「キスミ様、愛しています」
腕だけをあげて迎える様にして、破滅の象徴が俺に愛を囁いた。
「キスミ様? 誰のことすか? 何を言ってるんすか? あの黒いのは」
何やら不機嫌な顔をしたうさ耳が俺の背中から降り、杖を構えて前に出ようとする。
「あいつはな……俺の相棒なんだ」
俺はエイミアのそれを手で制してそう口にする。目の前にいるのがどっちなのかまだ確証が持てない。だが、それがバレッタだった場合、その想いに応えることもせず、知らないふりを決め込むなんて事は出来ない。
「あの禍々しいのがっすか⁉︎ なるほどっす……たしかにえっちな身体してるっすもんね。──いだっ⁉︎ はたかないで下さいっす!
舌を噛んじゃったっすよっ!」
「シルエットがエッチってどんなだ」
わりと図星で気まずかったのは内緒だ。
「そんなに内緒に出来てないですよ? なんだか考えてることがわかる気がするっす」
こいつはミーナたちみたいに対象の思考が読めたりするのか? あれはあいつらが俺に依頼者たちが手に持ってきた感情やらを引き渡す役割を持ってたから出来た特別なんだぞ?
「では私はダリルさんにとっての特別ってことで良いじゃないっすか」
満面の笑みでそんな事を言うなよ。目の前の相棒に嫉妬されたらかなわん。
「キスミ様、愛しています」
また……だがこれで確信した。これはバレッタだ。あの時の記憶だけがそうさせていて、今も必死に呪いと闘ってくれている。
「バレッタ──お前も、待たせたな。すまない」
俺は、その破滅の象徴であるバレッタのシルエットを抱きしめる。これは影ではない。しっかりと実体がある、バレッタだ。俺の影ではない、1人の女としてのバレッタがここにいる。
「天上の祈り。この呪いを消滅せしめよ」
抱きかかえた影はその色を撒き散らして、霞のようになってそのまま消えてしまった。この精霊界において消滅したのであればそれは間違いなく終わったのだ。
俺の腕の中には、かつての相棒であったバレッタがその当時の姿のままに大人しく抱かれている。
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