第9話:揺れる証言
クオンは、古い図書館の跡地に足を踏み入れていた。
壁は崩れ、窓には鉄鋼の補強が施されている。
人々が去ったこの場所は、オーバーライターたちの非公式な集会所になっていた。
奥の机に腰を下ろしていたのは、ひとりの老人だった。
白髪を肩まで伸ばし、皺の深い顔に痩せた体つき。
着ているのは色あせた茶色のローブで、袖口は擦り切れていた。
額の第三の眼は衰えながらも赤紫に微かに光り、長年オーバーライターを続けてきたことを示していた。
「……お前がクオンか。」
老人の声は低く掠れていたが、よく通った。
「師匠を探していると噂で聞いた。」
クオンは頷き、灰色の瞳を老人に向けた。
「彼女──ライラは、本当に“管理できない未来”に触れたのか。」
老人は少しの間沈黙し、指先で机をなぞった。
やがて視線を上げ、その第三の眼を開いた。
「見たのだよ。あの女は、過去に介入した。
消えるはずの都市を、無理に“延命”させたことがある。」
クオンの心が揺れる。
「……延命?」
「未来を修正するのではなく、壊れる歴史に抗った。
その都市は数年だけ命を得たが、やがて崩れ、存在自体が記録から消された。」
老人は目を細める。
「国家はその事実を抹消した。だが、私は見ていた。
ライラは、“管理できない未来”を見せつけたのだ。」
廃墟の外から、市民の喧騒が微かに聞こえてきた。
市場では今日もフォージャーが新しい小動物を売り、広場では国家の修正報告が流れている。
人々は誰一人として疑わない──未来も過去も必ず管理できると。
だが、クオンの胸の奥には確信が芽生え始めていた。
師匠は、社会の絶対的な思想に逆らっていたのだ。
「……ライラは、何を見たんだ。」
呟くように問うと、老人は苦笑した。
「それは、お前が追い続けるしかない。
だが気をつけろ、国家はすでにお前を監視している。」
クオンの灰色の瞳が強く光った。
師匠の残した痕跡は確かにあった。
それは、彼をさらに孤独な旅へと突き動かしていく。
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