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桜城
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#恋愛
ばたっちゅ
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#ファンタジー
comi
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静寂の鍾乳洞に、わずかな熱気と光の残滓が揺らめいていた。
ラッセルの手に握られていた銀の剣は、先ほどまでの神々しい輝きをすでに失い、
ただの冷たい金属の塊のように沈黙していた。
小さく音を立てて、剣がラッセルの手からこぼれ落ちる。
岩肌に転がった刃先は、鈍い光をわずかに返すのみだった。
その隣で、スメラがゆっくりと座り込む。
(私を、ずっと守ってくれた。ラッセルも、カーンも……最後まで……)
冷たく硬い岩に膝をつき、唇を噛みしめる。
だが、堰を切ったように一筋、二筋と涙が頬を伝い落ちた。
「ありがとう……ラッセル……カーン……」
かすれた声でそう呟いたスメラの肩が、小刻みに震えていた。
スメラにとっては、地下迷宮での長い孤独と恐怖との戦いの終焉、
その実感が、ようやく全身に沁みわたっていく。
ラッセルは言葉をかけず、ただ静かに彼女の傍らに腰を下ろした。
鍾乳洞の奥から、ぽたり……と水滴が落ちる音が、深い静寂に溶けていく。
カーンもまた、二人を見つめたまま、しばらく動かなかった。
命を賭して立ち向かった、ギル・グラギラスとの死闘は終わった。
だが、三人の胸には、焼きついた戦いの記憶と、
その奥でかすかに揺らめく新たな希望の灯が確かに宿り始めていた。
だが、希望を破るように、地の底から鈍い音が響いた。
「今の、何の音だ?」
「地鳴りか……。いや、違う。これは……崩落だ――!」
バキィィンッッ
突如、鍾乳洞の天井が砕け、奥の通路が崩れ落ちる。
ラッセルが反射的にスメラをかばい、カーンが叫んだ。
「伏せろ!!」
轟音とともに舞い上がる岩塵。
通路の出入り口が音を立てて塞がった。
「まじかよ……」
カーンが岩の山を見上げて呆然とつぶやいた。
スメラが咳き込みながら、声を震わせる。
「道が……潰れた……?」
ラッセルが反対側の通路を確認する。
「だめだ……こちらも、行き止まりだ、地底湖を泳ぐのは危険すぎる」
誰もが、次の一手を見失いかけたそのとき――
水面が、音もなく波打った。
そして、「ズ……ズズ……ズズッ……」 と、水を掻き上げる音が近づいてきた。
三人は即座に警戒態勢を取る。
「おい、また来るのか!? まだ、いるのか!?」
カーンが銃を構える。
水しぶきと共に、巨大な影が湖面から現れる。
それは、ギル・グラギラスの原種だった。
かつて、帝国生物研究所で制作された、侵略用人面モンスター。
その名はイーサム王国全土に知れ渡り人々に深い恐怖を植えつけていた。
だが、目の前に現れたその姿には、どこか違和感があった。
赤黒い輝きもなければ狂気も怒りも感じられない。
苔に覆われたその体表には、年月の積み重ねが刻まれ、
瞳には何かを悟ったような、深く静かな光が宿っていた。
「まさか……これが、“原種”……?」
ラッセルが息を呑む。
ギル・グラギラスは、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
スメラは、無意識に一歩後ずさった。
ギル・グラギラスはスメラの瞳に訴えかけるように見つめていた。
(この目、怒ってない。むしろ……哀しそう?)
スメラは恐怖を感じなかった。
ラッセルは再び銀の剣の先を、原種のグラギラスに向ける。
カーンも銃口をグラギラスに向けて、引き金を引きかけていた。
「待って!」
スメラは、迎撃に入ろうとする二人の前に立ちはだかり制止した。
ギル・グラギラスは三人をしばらく見つめた。
敵意は、感じられなかった。
ギル・グラギラスは崩落した箇所に顔を向けゆっくりと歩いていく。
岩の前で足を止めたギル・グラギラスは、
自らの巨大な鱗刃を剥がして手に持ち無言のまま岩盤を砕き始めた。
ゴゴゴ……バキッ……バシュンッ。
轟音が鳴り響き、粉塵が舞う。
わずか数分のうちに、通路は切り開かれ、砕かれた先には――
地上へと続く通路が姿を現した。
「助けて、くれている……?」
誰よりも驚いたのは、スメラだった。
ラッセルは剣を房に納め、低く呟く。
「あいつ、きっと……誰とも相手にされず、
ここで、ずっと暮らしていたのだ。人工の改良体とは違う。最初の“原種”……」
最後まで警戒を緩めなかったカーンも、
銃口を下ろし、険しい表情のまま頷いた。
「長年、孤独に閉じ込められて……。
戦意すら失ったのか。いや……モンスターにも“心”があるのかもしれん」
通路の向こうからかすかな風が吹き込んだ。
地上へと繋がる、自由の気配。
やがて、ギル・グラギラスは大きな鼻を鳴らすようにして、
スメラたちを一瞥した。
その眼差しに宿っていたのは、敵意ではなく穏やかな別れの気配だった。
ラッセルが小さく頭を垂れる。
スメラは胸の奥に熱いものを感じながら、ギル・グラギラスへ一歩踏み出した。
「あなたも、ずっとひとりで……ここにいたのね。助けてくれて、ありがとう」
その瞳には、恐怖ではなく共感が浮かんでいた。
スメラは自らの首からエルフグリーンドロップのネックレスを外し、
両手で差し出す。
「これを、あなたにあげる……。
この光が、いつか、あなたの心を守ってくれるように」
ネックレスは淡く翠色に輝き、
まるで共鳴するようにギル・グラギラスの首に収まった。
グラギラスはしばし立ち止まり、
その瞳に微かな光を揺らしたのち、
踵を返し再び地底湖の深みへとゆっくりと沈んでいった。
水面は静かに波紋を広げ、やがて、痕跡さえ消えていった。
「行こう……」
ラッセルが仲間を振り返り低く告げた。
コメント
1件
第30話、読みました。崩落で絶望的な状況からの原種の出現、まさか助けてくれるとは思わず驚きました。ギル・グラギラスに“心”があった――スメラがネックレスを差し出すシーン、敵意じゃなく共感で応えたのがとても美しくて。地上へ吹く風の描写が象徴的で、希望を感じさせる終盤でした。続きが気になります!