翌日。「今日のテーマは“過去”」──黒板に誰かの悪ふざけのように書かれていた。
生徒たちは半笑いで教室を囲み、ターゲットを選ぶような目を向ける。
「遥、立てよ」
誰かが言った。
遥は動けない。昨日の痛みがまだ残っているのもあるが、それ以上に──“立てば壊される”と知っているから。
その時、ガタン、と椅子を蹴り飛ばす音。
日下部が立ち上がっていた。
「遥じゃねぇ。……やるなら俺にしろ」
一瞬、教室の空気が止まった。
笑いが起きるのはその直後だった。
「おいおい、正義の味方ごっこか?」
「ダブルでおいしいじゃん」
「点数二倍だな」
ざわめきとともに、日下部は前に押し出される。
遥の視界の端で、その背中が何度も突き飛ばされ、机に叩きつけられていく。
「じゃあ質問な。“お前の過去”、語れよ」
誰かが笑いながら言った。
「……うるせぇ」
日下部の低い声は、震えていたが折れてはいなかった。
「何も知らねぇくせに、点数とかゲームとか……くだらねぇんだよ!」
生徒たちの笑い声が高まる。
教師は教卓に座ったまま、腕を組んでそれを「観察」しているだけ。
その目は、面白がっているのか、ただ淡々と見届けているのか、区別もつかない。
「……やめろ」
遥が小さく呟いた。声はかすれて届かない。
(俺のせいだ。日下部まで……俺のせいで)
それでも、日下部の背中は折れずに立っていた。
殴られても、押されても、睨み返していた。
「お前ら、どんだけ弱ぇんだよ。人一人いじめなきゃ笑えねぇとか……どっちがみじめなんだよ!」
挑発だった。
そして、それは確かに「輪」を揺らした。笑い声が一瞬、苛立ちに変わる。
──だが次の瞬間には、怒りの矛先が二人まとめて集中する。
遥はわかっていた。
この挑発で、明日からの罰はもっと残酷になる。
けれど、日下部は止まらなかった。