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※少し修正版。
教室のざわめきは、獲物を前にした獣の群れのように、熱を帯びていた。
「今日のテーマは“過去”」──黒板の落書きが、空気を縛るルールになっていた。
「遥、立てよ」
誰かが吐き捨てる。机を小突かれる音。
遥は動かない。動けば、何を言わされるか分かっているから。
だが、その横でガタンと椅子を蹴り飛ばす音が響いた。
日下部だった。
「遥じゃねぇ。やるなら俺にしろ」
短く、乱暴な声。
その瞬間、笑いが爆発する。
「ヒーロー気取りかよ」
「お前までネタになってくれるとか最高じゃん」
「点数二倍決定!」
押し出され、囲まれる。背中を突かれ、机に叩きつけられながらも、日下部は動かなかった。
「じゃあ、“お前の過去”語れよ」
誰かがからかう。
「うるせぇ」
低い声。震えていたが折れてはいない。
「くだらねぇんだよ……人の傷えぐって笑うとか、それでしか盛り上がれねぇお前らが、一番みじめなんだよ!」
一瞬、教室が止まる。
嘲笑が苛立ちに変わる。椅子が蹴られ、声が飛ぶ。
「なに正論ぶってんだよ」
「お前が一番点取りやすいわ」
教卓で腕を組んでいた教師が、口角をわずかに上げた。
止めるわけではない。ただ、その様子を面白がって観察するような目。
「やめろ……」
遥は声を絞り出したが、掻き消される。
──自分のせいだ。日下部まで巻き込んでいる。そう思えば思うほど、足が動かなくなる。
それでも日下部は立っていた。
殴られ、押され、額から血をにじませながらも、目を逸らさなかった。
「お前らなぁ……“ゲーム”だとか“点数”だとか言ってるけどな」
息を荒げながらも吐き出す。
「そんなもんに乗っかってる時点で、操られてんの気づけよ。……誰かがルール決めて、お前らはそれに従ってるだけだろ」
教室にざらついた沈黙が走る。
笑いの波が、一瞬だけ引いた。
遥はその空白を、はっきりと感じた。
──壊れるかもしれない。
だが。
「何言ってんだこいつ、熱いこと言えばカッコいいとか思ってんのか?」
誰かが吐き捨てる。
「先生も黙ってるってことは、こいつらやっていいってことだろ?」
「おい、もっと派手にやろうぜ!」
群れはすぐに均衡を取り戻す。
日下部の言葉は食い込んだ。確かに一瞬、空気を裂いた。
だがそれはすぐに「娯楽」を刺激する燃料に変わる。
「“ごほうび”決めようぜ。今日のトップは“特別免除”だ!」
「教師推薦ってやつ?」
笑い声が再び広がる。
日下部は床に押し倒され、腕を押さえつけられながらも睨み返していた。
その顔を見た瞬間、遥は喉の奥が焼けるように痛んだ。
(やめろ……俺のためにそんなことすんな……)
(俺なんかのために、これ以上壊されんなよ……)
でも、日下部はやめない。
血の混じった声で吐き捨てる。
「俺は……見捨てねぇからな」
その一言だけが、確かに群れの喉を詰まらせた。
だが同時に、教室全体をさらに残酷に駆り立てる合図にもなった。
──均衡が崩れるまで。
壊れるのが先か、折れるのが先か。
その境界線に、二人は立たされていた。