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「おい、また皿落とすなって言っただろ!」
カラン、と乾いた音が響いた。ファミレスの厨房で、俺様な先輩――龍一は大きな溜め息をついた。
目の前でしょんぼりしているのは、バイト仲間の直人。天然でお人好し、笑顔ばかりが取り柄の後輩だ。
「す、すみません! でも、あの……皿が勝手に滑った気がして」
「皿が勝手に歩くか! ったく、もう少し頭使えよ!」
「はいっ! 頭使います!」
まるで先生と生徒のやり取りだ。怒鳴った本人が損をするような抜けた返事に、龍一は二度目のため息をつく。
直人はどこか抜けている。接客では笑顔で客を惹きつけるが、皿洗いでは泡まみれにして破片を残すし、ドリンクを運べばトレーを傾ける。
普通ならイライラするだけの相手なのに、なぜか龍一は目を離せない。
「おい、こっちに来い。皿洗いはもうやめろ。俺がやる」
「えっ、でもそれじゃ先輩に迷惑が……」
「お前がやった方が迷惑だ。いいから料理出してこい」
「……はい!」
満面の笑みを浮かべて駆けていく後輩の背中を見て、龍一は自分の口元が緩むのを感じた。
なんで笑ってんだ、俺様。苛立たなきゃいけない場面だろ。
その日の閉店後。
制服を脱ぎかけた直人が、裏口で龍一に頭を下げた。
「今日もありがとうございました! 俺、ほんとダメダメで……でも、先輩がいつもフォローしてくれて助かってます」
「……お前な」
「?」
「なんでそんなに笑っていられるんだ。怒鳴られてんのに」
直人は一瞬きょとんとして、少し考えてから答えた。
「だって……先輩が怒るの、俺のこと見てくれてるからでしょ? 無視されたら悲しいですけど、怒られるのはなんか……嬉しいんです」
「はあ!?」
思わず声が裏返る。バイト歴二年の龍一を差し置いて、なんて天然発言だ。
「俺、先輩のこと尊敬してるんで。いつもカッコいいなって思ってます」
「……」
「だから、怒られるのも好きっていうか」
あまりにも真っ直ぐに言うもんだから、龍一は返す言葉を失った。
胸の奥が熱くなる。なんだ、この感じ。
「お前な……そうやって天然なことばっか言ってると、誰かに勘違いされんぞ」
「勘違い?」
「……あーもう!」
龍一は頭をかきむしり、思わず直人の肩を掴んだ。
「いいか、覚えとけ! 俺が怒るのは、お前が好きだからだ!」
「……へ?」
「だから他の奴にヘラヘラすんな! 笑うのは俺だけにしとけ!」
勢いで言ってしまった。けれど、もう取り消せなかった。
直人はぽかんと目を丸くしたまま、やがて少し赤くなって笑った。
「……ああ、だから優しいんですね」
「ばっ……バカ!」
顔を背ける龍一に、直人は嬉しそうに「これからもよろしくお願いします!」と声を弾ませた。
結局、この天然後輩に翻弄される日々は、まだまだ続くらしい。