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あの日、ただの思いつきで書いた物語が、形を変えて俺たちの元にやってきた。俺は、どこまでも呑気だった。
昨日と同じ今日が、明日も当たり前に続くなんて信じきっていた。
だけど、当たり前なんてものは、本当はどこにもない。
そんな残酷な事実を、俺はあの日、冷え切った現実として思い知らされた。
目が痛くなるくらいに真っ青で明るい空が窓の向こうにあった。
昼休みの教室には、賑やかな話し声と弁当の匂いが充満していた。
「なぁ空、即興で小説作ってよ」
弁当を食べ終えた渉が、唐突に切り出してきた。
いつものことだ。
だが、こちらも一応ストーリーの構想は練ってある。
この無茶振りは想定内だったからだ。
「小説家志望さーん、書いてよ」
「…はぁ、またかよ。まぁいいけど」
深くため息をつくと、ルーズリーフを一枚引き出した。
紙を横向きに据え、シャーペンを数回ノックして芯を出す。
そのまま迷うことなく、さらさらとペン先を走らせた。
内容は、俺と渉の十年後の物語。
互いに夢を叶え、俺は作家に、渉は警察官になっている。
俺は売れない小説家として、一日に一食取れるかどうかのギリギリの生活を送っている。
小さい五十円引きのパン一つ、これでも、頑張って稼いだ方だった。
大学の奨学金なんて、借りるんじゃなかったな。
大学なんて、行く必要もなかった。
俺は、いつも目の前のことだけを見るばかりしてしまっていた。
だって、将来のことなんて考えたくないから。
毎日、そんなことを考えながら一人孤独にデスクに向かい合っているだけの日々を、淡々と過ごしていた。
とある日の朝。
その日はよく晴れていて、五月上旬なのにも関わらず暑かったくらいだった。
窓を開けていても日光が俺の肌を照らし、これでもかと言わんばかりにじりじりと焼いていた。
ただ、いつもより街の喧騒が聞こえてくるだけだった。
今日も七時と早朝から、デスクに向かい小説を書いていた。
仕事を始めてから一時間経った頃、流石にこのまま暑さに耐えることは困難だと悟った俺は、水を取りに行こうと立ち上がる。
が、その瞬間。
急にめまいが襲いかかってきた。
視界はボヤけて何も見えず、頭と足はふらつく。
俺は我慢してキッチンへ向かおうとするも、耐えきれず膝からくずれ落ちて床に倒れ込んでしまった。
栄養不足と熱中症が重ね合わさったせいか。
そういえば最近、一日中何も食べずに、ただ仕事をこなしていたのが当たり前になっていたのだった。
俺はそんなことを考えていると、あることを思い出した。
確か今日は、渉と六年ぶり、大学の卒業旅行以来初めて会う日だ。
最近久しぶりに連絡が取れて、遊ぶ約束をしたのだった。
だが俺は、こんな状態じゃアイツに情けないところを見せてしまうな、今日は会えないな。
そんなことを考えながらも、俺の手は自然と、スマホの電話を開いていて、渉の電話番号を打っていた。
プツ、と繋がる音がすると、懐かしい、アイツの声が飛び込んでくる。
『おい、どうしたんだよ!おい!』
意識が遠くなりそうになりながらも、渉の声に意識を集中させる。
渉の声は、あの日よりまた一段と低くなっていた。
だが、声質は全く変わりはなく、それに対し俺の体中の筋肉は、安心したのかどんどんほぐれていった。
俺は答えようと口を開いてみるが、どうも上手くいかないみたいだ。声が出なかった。
そういえば、最後に声を出したのはいつだったかな。
自分の声を聞いたのは、いつだったかな。
声の発し方すら忘れたのか、こいつの声を聞いて安心したのか、それかその両方か。
それでも俺は、力を振り絞り、なんとか声を出すことができた。
「わ……たる……」
『どうした?なんかあったのか?』
「会い……に……」
俺の意識はそこで終わった。
「なんだこれー?ここで終わりなのか?オチないじゃん。ただ暗い話だっただけじゃん。お前もしかして病んでんの?」
書き始めて七、八分が過ぎたあたりで、渉が俺の書いている内容をじっと見つめてきた。
「まだ終わってないし病んでない」
「でもお前、そこのシーンからずっと手止まってるし」
「ラスト思いつかねえの」
俺はペン回しをしながらそう言うと、渉は顎に手を当てて、考えるポーズをして見せた。俺も一応頭は捻らせてみる。
思い浮かぶのは、在り来りなラストばかり。
数十秒経った頃、渉は何かが閃いたのか、顎に当てていた手でパチンと指を鳴らした。
そのまま勢いよく人差し指を立てる。
「そーだ。俺警察官なんだろ?それで俺が駆けつけて、何とか早く出動?とかさせられて、何とか空は助かる!とかどう?」
「ありがちな展開だけど、オチ求めてるんじゃなかった?」
「いや、俺小説書けねえしストーリーとか考えられねえし」
渉は頭を掻きながら、ニカッと笑ってみせた。
俺はそんな渉に少し呆れつつも、またラストをどうするか考え始めた。
あえて、俺が普通に死ぬっていうリアルな展開もありだが、みんなが求めてるのはリアルさより、現実では起こらないどんでん返しなんだよな。
でも、俺的にはリアルな方が好きだ。
あ、そうだ。
「渉、俺が死んだらどう思う?」
「んー…普通に悲しい」
「えー、それだけ?」
「いや、割とガチめに泣く」
「それはそれでなんかヤダな…」
「あぁ?俺の空への愛舐めんなよぉ?」
「そういうのいいから」
俺は渉を軽く突き放すように、両手を前に出した。
そこで話が一旦区切れると、再びラストをどうするかの話題に戻った。
「んー、さっきの俺の考えたラスト良いと思うんだけど」
「そうか?なんか物足りない気がするけど」
「ん〜……やっぱお前が考えるべきだろ。お前が考えたストーリーだし」
「お前が即興で作れって言ったこと忘れてねえよな?」
俺は深いため息と共に頬杖をつくと、書きかけのルーズリーフに視線を落とした。
もしも、これが本当に起こるなら。
コイツはどうするのだろうか。
「……」
「あっそうだ。お前の書いてた小説を俺が書き上げて、それを出したら儲けて、そのお金でお前を助けられるとか」
「これが実際に起こったらお前はそうすんの?」
「いやするわけないだろ」
「はは、だろーな」
文字を追っていた目を止め、渉の方を向いた。
すると、思った以上に顔が近く、おでこがぶつかりそうになる。
一瞬、視線が泳いだ。
渉はどこか決まり悪そうに、少しだけ頭を引いた。
それでも、俺は見つめることを止めなかった。理由は分からない。
「なんだよ。キスしたいの?」
「んな気持ちの悪いことを言うな」
「それはそれで酷くね」
「……」
情けなかった。
十数年もこいつと居るのに、読めなかった。
こいつがどう動くのかが。
「じゃあ、お前に任せるわ。どんなラストでも文句は一切言わない」
俺は体勢を崩すように椅子に深くもたれかかると、渉にルーズリーフを突き付けた。
「えっ?なんで」
こいつのことが読めないから、というだけじゃない。
もう一つ、理由があった。
「実際に俺がこうなった時、お前はどう動くか見たくて」
「えぇ……超プレッシャーなんだけど」
渉は「あはは」と頭を掻きながらも、ルーズリーフを手に取った。
「まあ、考えてみるわ」
数秒後、タイミング良く授業開始のチャイムが鳴り、話はそこで終了した。
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