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わたしは、変な力を持っていた。
生まれつき、存在を少し消せる力が備わっていた。
私はそれを”いいもの”だと思い、扱った。
善意で使っていた力で、
けど、それが世界にとっては異物だった。
拍手も、称賛もない。
それでも、私は、人を助けた。
最初に気づいたのは、誰も見ていないはずの瞬間だった。
教室の後ろで、椅子に足を引っかけて転びそうになったクラスメイトがいた。
反射的に、私は手を伸ばした。
触れた瞬間、その子の輪郭が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
輪郭が、少しだけ薄くなる。
それは、私にしかわからないはずの変化だった。
「……あれ?」
声が聞こえた。
心臓が一泊、遅れて跳ねる。
視線を上げると、黒板の前にいたはずの何人かが、こちらを見ていた。
偶然。
そう思いたかったが、空気が違った。
「今の、なに?」
誰かが言った。
ざわ、と教室が揺れる。
私は何も言えなかった。
言えば、この”しあわせ”がなくなると思ったから。
人を助け続けるこの幸せを、
私は失いたくなかった。
───でも、壊れたのは、沈黙の方だった。
その日から、噂は早かった。
「消えかけた」「透明になった」「魔法みたいだった」
言葉は勝手に形を変えて、教室中に広がった。
けれど、予想していたものは来なかった。
怖がられることも、避けられることも、なかった。
「それってさ、すごくない?」
「助けてくれたんでしょ?」
「便利じゃーん」
軽い調子で、笑いながら。
みんなは、私を”いいもの”として扱った。
あの一人を除いて───。
それから私は、頼まれるようになった。
喧嘩を避けたい時。
失敗をなかったことにしたい時。
怖い場面から、少しだけ逃げたい時。
わたしは、存在を薄くした。
ほんの少し。
みんなは助かった。
教室は、前より明るく、穏やかになった。
───なのに。
「……使いすぎたら、消えるよ」
放課後、誰もいない教室で、
そう言ったのは一人だけだった。
その人は私を見なかった。
窓の外を見たまま、静かに続けた。
「善意でそれ、やってるんだろうけど。
使い続けたら、最初に声が聞こえなくなる。
その次は、名前。
最後は──最初からいなかったことになる」
私は冗談だと思い、ケラケラ笑った。
「…冗談だと思えるのも今のうちだけだよ。
前にも、同じ力の人がいたから。」
そう言った彼は教室を後にした。
その言葉だけが、教室に残った。