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連休最終日。
美花は、キャリーケースを引きずり、玄関の前に立つ。
「お母さ〜ん! そろそろ行くねっ!」
「美花? もう行くの!?」
厨房で仕込みをしている母の雪に、大きな声を掛けると、雪は慌てた様子で美花の元へ歩み寄ってくる。
まだ午前中なのに、もう出発するのか、と言いたげな母に、眼差しを向けられた。
「…………ひとつだけ聞く。美花。葉山さんに黙ったまま静岡に行く事、後悔しないんだね?」
「…………うん。それと、お母さんに、ひとつ頼みたい事があるんだ」
「頼み事?」
首を傾げながら、きょとんとしている雪。
「多分、来ないと思うけど……。もし、圭ちゃんが店に来たら…………これを渡してもらってもいいかな?」
美花は、ラッピング袋を雪に託した。
淡いピンクとライトグレーの、マーブル模様の巾着型のラッピング袋。
赤いリボンで蝶々結びにして、中には自作曲を焼いたCD-RW、手紙などが入っている。
母が袋に視線を落としたまま、しばらく無言でいると、ため息混じりに『分かった』と答えた。
「じゃあ…………そろそろ……行くね」
「美花っ! たまには帰って来るんだよ!?」
雪が、美花の細い身体を強く抱きしめた。
「もっ……もちろん! じゃあ…………行ってきます……!」
雪が名残惜しそうに腕の力を解くと、美花は、しばらく会えないだろう母に、小さく手を振った。
「美花……っ! 元気で頑張るんだよっ!」
母の声を背に受け、美花は振り返らずに玄関ドアを閉めた。
歩き慣れた道を、美花はキャリーケースを引きずりながら、立川駅へ向かう。
多くの居酒屋と飲食店が建ち並ぶ線路沿いの道を、彼女は感慨深い気持ちで歩いていた。
(私の生まれ育った街、立川。次に…………この道を歩くのは……いつになるだろう……?)
思いを巡らせているうちに、美花は、圭の住む自宅マンションの前まで来ていた。
エントランスの前で、彼女は立ち止まると、圭の住む最上階を見上げる。
人生で初めて、『恋をする事』を教えてくれた男性、葉山圭。
彼と過ごした日々は、音楽を作る事が全てだった美花にとって、色彩豊かに彩られた日々だった。
「じゃあね……。おにーさん……」
美花はポツリと零すと、キャリーケースの持ち手をギュッと掴み、新天地に向けて大きく一歩を踏み出した。
***
コメント
1件
読み終えました……。「じゃあね……おにーさん」の一言に、美花の全部の気持ちが詰まってる感じがして、すごく胸に来ましたね。母・雪さんとの別れのシーンも温かくて、でも「圭ちゃんが店に来たら」って前提が切ない。CDと手紙を託すところ、彼女なりのけじめなんだろうなあ。新天地へ向かうラストの一歩、応援したい気持ちと寂しさが同時に込み上げてきます。
#大人ロマンス