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「観光客みたいって言うなよ」
「事実だろ。ほら、その真新しいノートも。どうせ**『きょう、おばあちゃんのいえにつきました』**なんて、当たり障りのないことしか書いてないんだろ」
葵は悠太が膝の上に置いていた、まだまっさらなページが多い絵日記帳を、有無を言わさずひったくった。
「おい、勝手に見るなよ!」悠太は慌てて手を伸ばしたが、葵は身をひるがえして、高々とノートを掲げる。
「うるさい。中身をチェックしてやる。中学の絵日記は、どんな進化を遂げたのかな?」
葵は表紙を開き、悠太が昨日書いたばかりの、たった一枚のページを真剣な顔で読み始めた。
【7月31日 曇り時々晴れ】
とうきょうからこちらへ移動。電車とバスで4時間かかった。
祖母の家に到着。あいかわらず静かで、クーラーがなくても涼しい。
カブトムシがとれそうな木を遠くから見つけた。明日、準備をする。
葵は読み終えると、ムスッと口を尖らせた。
「……はあ? なんだこれ。相変わらず小学生の自由研究かよ」
「だって、絵日記だろ? 記録が大事なんだ」悠太は不満を漏らす。
「甘いな、悠太。絵日記は**『心の成長』**を記すものだろうが」
葵はペンを取り出し、悠太が書いた日付の下に、荒々しい筆致で追記を始めた。
【評価】
*リア充度*:0点。
*ときめき要素*:0点。
*総合評価*:退屈。
「おい、勝手に書き足すな!」
「いいか。この町には何もない。だからこそ、アンタはここで**『都会では味わえない経験』**をする義務がある」
葵は、絵日記を悠太に突き返した。
「30日間、アンタの絵日記を私が毎日チェックする。もし、この**『ときめき要素』**の欄に0点が続いたら、罰ゲームだ」
「罰ゲームって何だよ!?」
「秘密。ただし、私とアンタが赤面するような罰ゲームを考えてやる」葵は耳元で囁くような声で言った。
「これからアンタの夏休みは、私という**『恋の導火線』**によって、一瞬で燃え上がるってわけ」
葵はそう言い放つと、今度は悠太のリュックサックの横に置いてあった、一冊の分厚い昆虫図鑑を手に取った。
「よし、じゃあ早速、その図鑑を捨てろ」
「はぁ!?」
「夏休みに必要なのは、頭でっかちな知識じゃない。野生の勘と、私とのチームワークだ」
葵は図鑑を小脇に抱えると、再び小道の奥へ向かって走り出した。
「ついて来い、悠太! まずは、私の秘密基地を紹介してやる!」
その背中は、都会の生活に疲れた悠太を、無理やり非日常へと引っ張り込む、嵐のような存在だった。悠太は抵抗する間もなく、その勢いに引きずられて立ち上がり、古びた縁側から、光のあふれる庭へと飛び出した。