「すみません、団長さん。グランツって見ませんでしたか?」
「グランツか、いいや、見てないですぞ。彼に何か用でも?」
「あ、別にそこまで大切な話じゃないので。またいたら声かけて下さい」
私はリースと別れた後訓練場を訪れていた。理由は単純明快で、グランツに話を聞くためである。
あの後リースは明日だけ一緒に回れるから回ろうと、半場強引に私と約束を取り付け仕事が残っているからと言って風のように去って行ってしまった。本当は、最終日も一緒に回りたかったのだが、と時間を作れ次第また呼びに行くともいっていた。
ただ、イベントとしての星流祭を一緒にまわるのはアルベドとなっているので、リースとまわれるかは不明である。もしも、アルベドとリースが鉢合わせでもしたら恐ろしいことになるに違いない。何せ、リースはアルベドの事を誘拐犯呼ばわりしているのだから。
とまあ、それは置いておいて私は訓練場に足を運びグランツの属している騎士団の団長であるプハロス団長に彼が何処にいるのかと聞いたが、プハロス団長は今日は鍛錬の後何処かに消えてしまったらしくそれ以降姿を見ていないのだとか。私は、話を聞いてくれたプハロス団長にお礼を言い再びグランツを探すために歩き出した。
聖女殿の方にも神殿の方にも、訓練場にもいないとなるとやはりあの林にいるのだろうかと、私は彼と初めて出会った林へと足を進める。
グランツとの出会いも印象的で、私が彼を探しているときにふと林の方から剛速球のごとく木剣が飛んできて危うく怪我をしかけたところで彼と鉢合わせた。出会ったところの彼は、騎士とはほど遠い装いで、何処を見ているか分からないような空虚な翡翠の瞳をしていた。髪も今以上にぼさぼさとしており、身なりだって見窄らしかった。
勿論、その時はまだ騎士として認められておらず、やれ平民上がりだ何だと差別されてきた。それでも、死にものぐるいで食らいついて今私の護衛騎士になって、団長に稽古を付けて貰っている。
そう、だからそんなグランツが何故あのような虚偽発言をしたのか私は気になって仕方がなかったのだ。
彼は慌てるようなタイプではないため、状況を説明するのに焦ってしまったと言うことではないだろう。
だとすると、やはり彼自身、何かしらの考えであのような発言をしたに違いない。
「……はあ、一体何処にいるんだろう」
林の中を歩くこと数分。一向にグランツの姿は見当たらない。
(……やっぱりいないかな?)
諦めようかと思った時だった。突然林の方からもの凄い勢いで木剣らしきものが飛んでき、私は間一髪の所でしゃがみ避けるとそれは木に突き刺さった。
私はその木剣を引き抜くと、すぐさま木剣が飛んできた方向にいるであろう人物を確認するため視線を向ける。
そこには、先程まで探し求めていたグランツが立っていた。
「エトワール様?」
「やっと見つけた、もう何処に行ってたの!? 探したんですけど!?」
「…………」
私が詰め寄ると、グランツはふいっと顔を背けてしまい、私はムッと眉を寄せると彼の腕を掴んだ。
しかし、彼はそれに驚いたように目を見開くと、慌てて振り払おうとしてくる。
私はそれを阻止しようと更に力を込めて掴むと、グランツは観念したかのように抵抗するのをやめた。そして、ふと気がつけば彼の好感度は52と以前より2%も下がっていることに気がついた。
彼は今まで順調に上がっていたため、2%とは言えど下がったことに驚きが隠せなかった。
「エトワール様、無事帰られたのですね。伺おうかと思っていたのですが、エトワール様から来てくれるとは……恐縮です」
「ありがとう。それより、なんであんな事したの?」
「……何のことでしょうか?」
「惚けないで。リースの事、何であんな嘘ついたのって!?」
「……」
私が声を荒げると、グランツはビクっと肩を震わせ恐る恐るという感じでこちらに顔を向けた。
そして、グランツは私の問いに答えようと口を開くがすぐに閉じてしまう。私はそれを見て、再度彼に問いかけるが彼は何も言わない。
沈黙が続き、やがて耐えられなくなったのかグランツはすみませんでした。と一言いうと頭を下げた。しかし、頭を下げるばかりで一向にその頭を上げようともせず、それが彼の意思表示なのだとわかり私は思わず殴ってしまいたくなった。
グランツの頑固なところが嫌いだ。何も言わないことが逃げる一番の道だと知っている彼は、立場を利用し無言を貫いているのだ。
それがたまらなく腹立たしい。
言いたいことがあればはっきり言えば良いのに。確かに、私と彼は主従関係ではあるが、私は言ってもらわなければ分からないのだ。
「グランツ、答えて。なんで嘘ついたの」
「…………嘘ではありません。アルベド・レイ卿は聖女様に状況を説明せずに貴方に転移魔法を使ったじゃないですか」
「でも、誘拐ってさすがに言い過ぎ」
「誘拐とまではいっていません。それは、殿下が誇張しすぎているのです」
と、グランツは淡々と告げると、今度はリースに責任を押しつけようとしていた。
確かに、リースならやりかねないが何が真実で何が虚偽なのか分からなくなり私は頭が痛くなった。
だとしても、もう少し言い方があったんではないだろうか。
「怒ってるの?」
「何故、そのように思うのですか?」
グランツの言葉に私はぐっと言葉を飲み込んだ。
だって、彼が私を見る目がとても冷たくて怖いから。
何故、皆質問を質問で返すのだろうかと私は呆れたが、そもそも会話をろくにしてこなかった私にとってコミュニケーションの定義というか、正解は分からない。
だけどここで引くわけにはいかない。私は、彼から情報を聞き出さなければならない。そうしないと、きっとまた同じ事を繰り返すし、彼はこれからも逃げ続けるだろう。私は、意を決してグランツに向き直ると、彼に視線を向けて口を開いた。
「勝手にいなくなったことを怒っているなら謝る。私が待っていてっていったのに、勝手に消えてそれであんなことになっていて。護衛騎士としての地位が脅かされると思った? それとも、聖女がいなくなったことで何か言われると思った?」
「……そうじゃありません」
「なら、何で」
「俺は――――」
すると、彼は一瞬目を見開くと、ゆっくりと目を伏せてしまった。まるで、何かを諦めたような表情で。
突如ふいた風によって掻き消されてしまった彼の言葉は、私の耳には聞えず彼もそれに気づいたのか。もう一度違いますと断言し、再び頭を下げた。
「護衛騎士としての地位も、エトワール様が誘拐されたから責任や罵倒、その他非難の目が怖いわけじゃありません。決してそれらが理由ではありません。それだけは、どうか分かって下さい。今回、俺は出来すぎたまねを……虚偽を混ぜて殿下に報告してしまったことを。許されないことだと分かっています。どんな罰でも受けます。ですが……」
と、グランツは言葉を句切り懇願するように翡翠の瞳を潤ませ膝を折り頭を垂れた。
「俺を貴方の護衛騎士から外さないで下さい」
そう言ったグランツは、酷く顔を歪ませ私の言葉を待っていた。
その言葉に嘘偽りはないのだろう。
グランツは、生き残るために従順であるフリをしてきた。確かに騎士になりたかったとか、平民でも騎士になれるのだとかそういった野心はあったと思う。けれど、今の言葉を聞いて、それらを全て取っ払った上での彼の本心なのだと私は思った。
チカチカと今にも変わりそうな好感度を見ながら、私は彼に何て言葉をかければいいのかと迷った。
きっと、私も嘘偽りなく話さなければならないのだと。
(ほんと分からない……アルベドも、リースもグランツも……)
彼らは攻略キャラである。でも、それと同時に此の世界で生きている一人の人間でもある。組み立てられたストーリーに沿ってはいても、彼らには意思があるわけで。
都合の良い人形なんかじゃない。
私はふうと息を吐いて、胸一杯に酸素をためてからグランツに向き直った。
「私は貴方を護衛騎士から外すつもりはない。私の護衛騎士はグランツにしかつとまらないと思ってる。だから、その心配はしなくていい」
「……エトワール様」
「だから、もうこんなことしないで。貴方の感情を他の人にぶつけないで、ぶつけるなら私だけにして。アルベドを含める闇魔法の人達に憎しみや殺意を抱く気持ちは分からないでもないし、もし本当の家族を殺されているなら彼らは貴方に許されないことをしたことになる。でも、本当にアルベドが貴方の家族を殺したか分かるまでは彼にその感情を当てないで欲しい。これは、彼を擁護しているからじゃなくて、私の心の平穏のため。面倒事は避けたいの」
そう言って、私は頭を下げるとグランツは少しの間黙りこくってしまった。これが私の本心だ。
言ったとおり、アルベドを擁護したいからこんなことを言ったのでも、グランツを非難したいからこんなことを言ったのではない。
ただ、私が楽に生きる為。
面倒事を避けたいという単純で阿呆な私の思いから来たものだ。彼らの喧嘩を収めるのは私の役割だろうから、衝突しないようにさせたい。攻略キャラ同士がつるむと如何しても状況がいつも悪くなる。
そして、しばらくしてグランツはぽつりと分かりましたと言ってくれたのだ。
「分かってくれたならいい……ああ、後それとね。星流祭の時何日か護衛を頼もうかと思って。そりゃ、私の唯一の護衛騎士だからね。忙しいと思うけど、お願いしたいなあって」
「何日か……とは」
「そんな、五日もまわってたら疲れるだろうから何日かは聖女殿ですごそうかなって事」
グランツのその目は誰かとまわるのではないかという疑惑の目だった。
まあ、確かに最終日はアルベドとまわる羽目になりそうだし、ここは仕方なく嘘をついて聖女殿にいると偽ってこっそり抜けていくしかないなあと思った。それか、システムによって強制的にアルベドの元に飛ばされるかも知れないし。
そんなことを考えていると、グランツは目を細めてじっと私を見つめていた。何か変なことでも言ったのだろうかと思っていると、彼は私の手を取って私の手の甲を額に宛てると、祈るように瞼を閉じた。いいや、これは誓いだ。
「分かりました。エトワール様の唯一の護衛騎士グランツ・グロリアスは、貴方様を一生守ることを誓います」
「……っ」
彼の言葉に私は息を呑んだ。だって、それはゲームの中では聞いたことのない台詞で、きっとこれは忠誠と誓いの言葉。
ピコンと機械音が鳴り響き、彼の好感度は60%を刻んでいた。