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第11話 消えたワールド
午後六時三十二分。
立花湊は仕事を終えた。
Linkcityの会社から出る。
企業街。
夕方。
仕事を終えた利用者たちが次々と転送ゲートへ向かっている。
湊も自宅ワールドへ戻ろうとした。
そのとき。
通知。
宮原結衣。
ココナツ行かない?
湊は足を止めた。
ココナツワールド。
懐かしい名前だった。
最近は行っていない。
でも。
昔はよく行った。
Linkcityが今ほど巨大になる前から存在していたワールド。
大きな島。
海。
ホテル。
遊園地。
ゲーム施設。
商店街。
住宅区。
巨大な植物園。
何か一つをするための場所ではない。
遊ぶ。
歩く。
話す。
買い物する。
何もしない。
全部できる。
だから人が集まった。
湊も学生時代に何度も利用していた。
返事をする。
いいよ。
すぐに結衣から転送招待。
参加。
景色が切り替わる。
ココナツワールド。
のはずだった。
接続できません。
湊は瞬きをした。
もう一度。
接続。
接続できません。
「ん?」
通信障害。
そう思った。
Linkcityの状態を見る。
正常。
自宅ワールド。
正常。
会社。
正常。
ゲームスポット。
正常。
ココナツワールド。
利用不可。
湊は詳細を開いた。
表示された文章を読んだ。
動きが止まる。
ココナツワールドは本日午後六時をもってサービスを終了しました。
長年のご利用ありがとうございました。
「え?」
もう一度読む。
午後六時。
今。
午後六時三十五分。
三十五分前。
「終わった?」
結衣から通話。
湊が出る。
「入れない!」
「俺も」
「なんで?」
「サービス終了」
「今日?」
「今日の六時」
「聞いてない」
「俺も知らなかった」
「そんな急に終わる?」
湊は公式情報を探した。
ココナツワールド。
運営企業。
サービス終了のお知らせ。
公開日。
三か月前。
「告知されてる」
「え?」
「三か月前」
「知らないよ」
「俺も」
結衣が黙る。
数秒。
「三か月前?」
「うん」
「じゃあ、ずっと表示されてた?」
「たぶん」
「私、最近行ってなかった」
「俺も」
通知設定。
お気に入りワールド。
ココナツワールド。
更新通知。
無効。
湊は額へ手を当てた。
昔。
通知が多すぎて切った。
イベント。
新商品。
季節更新。
ゲーム追加。
毎日のように届いていた。
だから。
通知を止めた。
そのまま。
サービス終了まで気づかなかった。
「最終日だったなら行きたかった」
結衣が言った。
「俺も」
「今日六時?」
「そう」
「あと三十五分早かったら?」
「入れた」
「うわあ……」
結衣の声が小さくなる。
「最終イベントとかあったのかな」
「調べる」
湊は動画サイトを開いた。
ココナツワールド。
検索。
大量に出る。
ココナツワールド最終日。
最後の一時間。
ありがとうココナツ。
五年間通った場所へ。
最終イベント生配信。
数万人で見送るココナツワールド。
「めちゃくちゃやってる」
「本当に?」
「最終イベントあった」
「見たかった……」
湊は配信記録を開いた。
つい一時間前。
中央広場。
大量のアバター。
数万人。
巨大な文字。
THANK YOU COCONUT WORLD。
湊はすぐ映像を止めた。
今は見たくなかった。
「結衣」
「何?」
「どっかで会う?」
「うん」
二人はLinkcity中央広場へ転送した。
結衣がいる。
長い紫色の髪。
黄色の上着。
グレーのスカート。
少し遅れて理央も来た。
灰色の短い髪。
モカ色のシャツ。
「聞いた」
理央が言った。
「ココナツ?」
「うん」
「行ってた?」
「昔は」
「最後いつ?」
「二年前くらい」
「俺より前だ」
湊が言う。
「湊は?」
「一年半」
「結衣は?」
「たぶん一年」
三人とも。
長い間行っていなかった。
でも。
なくなったと知ると。
急に行きたくなる。
「最後に一回歩きたかったな」
結衣が言う。
湊も同じだった。
行けると思っていた。
いつでも。
だから。
今日行かなくてもいい。
明日でも。
来週でも。
来月でも。
そうやって。
一年以上。
行かなかった。
そして。
なくなった。
湊は検索画面を開いた。
ココナツワールド。
利用不可。
転送ボタンもない。
以前なら。
押せば。
数秒で島へ行けた。
今は。
押す場所そのものが消えている。
「跡地とかないの?」
結衣が聞く。
「現実じゃないからな」
理央が言った。
「入口だけ残すとか」
「運営次第じゃない?」
「今回は?」
「何もないみたい」
検索結果。
公式ページ。
サービス終了。
保存映像。
利用者投稿。
それだけ。
ワールドそのものは。
ない。
結衣が言った。
「ホテル覚えてる?」
「海の近くの?」
「そう」
「覚えてる」
「屋上行けたよね」
「行けた」
「私、あそこで初めて飛行アバター使った」
「落ちてなかった?」
「飛んだの」
「最初落ちたじゃん」
「あれは操作確認」
「普通に海へ落ちてた」
「最後は飛べたからいいの」
理央が笑う。
「俺、植物園好きだった」
「奥の?」
「そう」
「でかいやつ」
「一周するのに一時間くらいかかる」
「途中で転送できたでしょ」
「歩くのがいいんだよ」
三人は。
そこにない場所の話を始めた。
ホテル。
海。
植物園。
商店街。
ゲーム施設。
中央広場。
橋。
島の端。
季節イベント。
夏祭り。
冬の迷路。
毎年変わる植物園。
全部。
記憶の中にはある。
でも。
行けない。
「スクリーンショットあるかな」
湊が言った。
個人保存を開く。
五年前。
四年前。
三年前。
大量の画像。
探す。
ココナツ。
検索。
百二十八件。
「あった」
「見せて」
共有。
最初の画像。
三人。
まだアバターが今と違う。
湊はもっと現実に近い姿。
結衣は髪が短い。
理央は帽子をかぶっている。
場所。
ココナツワールド中央広場。
「古っ」
結衣が言う。
「何年前?」
「五年前」
「私こんなだった?」
「だった」
「この髪型忘れてた」
「俺の帽子も懐かしい」
理央が言う。
次。
ホテル。
次。
海。
次。
ゲーム。
次。
植物園。
画像はある。
映像も。
でも。
中へ入れない。
スクリーンショットの中では。
景色は止まっている。
当時。
自由に歩けた場所。
「なんか変だな」
湊が言った。
「何が?」
「画像あるのに、場所がない」
「うん」
「現実の店がなくなるのとは違う」
理央が言う。
「建物なら跡地があるもんな」
「別の店になったり」
「建物だけ残ったり」
「写真撮りに行ったり」
「ココナツはそれもない」
結衣が検索画面を見る。
「地図にもない」
「サービスだからな」
「昨日まであったのに」
「今日も六時まではあった」
「それが嫌」
「何が?」
「三十五分前まで存在してたのに、今はどこにもない」
湊も思った。
現実の建物なら。
壊すのに時間がかかる。
閉店。
工事。
解体。
少しずつ姿が変わる。
でも。
ワールドは違う。
午後五時五十九分。
存在する。
午後六時。
終了。
入れない。
街一つ分の場所が。
一瞬で遠くなる。
そのとき。
湊の視界に通知が出た。
ココナツワールドをご利用いただいた皆さまへ。
「何か来た」
結衣も同時に見る。
「私も」
理央も。
三人が開く。
長年のご利用への感謝として、ココナツワールドへのアクセス記録を持つ利用者へ記念勲章をお贈りします。
受け取る。
湊が押した。
小さな光。
プロフィールの勲章一覧に一つ追加される。
ココナツワールド。
記念勲章。
中央に。
ココナツワールドのロゴ。
丸い実と葉を組み合わせた、見慣れたマーク。
その下。
アクセス期間。
五年前から一年半前。
訪問回数。
二百八十七回。
湊が止まる。
「二百八十七」
「何が?」
「俺、二百八十七回行ってた」
「そんな行ってた?」
「覚えてない」
結衣も確認する。
「私、三百五十二」
「多いじゃん」
「昔ほぼ毎日行ってた時期ある」
「理央は?」
「百九十一」
勲章を開く。
詳細。
初回アクセス。
最終アクセス。
参加イベント。
取得済みトロフィー。
訪問した区域。
一部の記録が残っている。
「すご」
結衣が画面を送る。
「私、夏祭り四回行ってる」
「毎年?」
「たぶん」
「俺三回」
「一回来てない?」
「その年忙しかったのかも」
湊は記録を送る。
初回アクセス。
五年前。
ヒノタマ・パンデミックの少しあと。
Linkcityの利用者が急増していた時期。
ココナツワールドも混雑していた。
初回訪問。
滞在時間。
三時間十二分。
「長」
結衣が言う。
「最初から三時間いたんだ」
「何してたんだろ」
「覚えてないの?」
「細かくは」
「スクリーンショット見れば?」
「探す」
同じ日。
画像。
中央広場。
海。
ゲーム施設。
そして。
知らない利用者たち。
その中に。
結衣。
理央。
湊が止まった。
「これ」
「何?」
「俺たち最初ここで会ってる?」
「え?」
画像を拡大。
五年前。
三人。
今とは違うアバター。
結衣が見る。
「そうだ」
「忘れてた」
「私、湊と最初に会ったのここだ」
「マジ?」
「たぶん」
理央も画像を見る。
「俺は二回目だったと思う」
「じゃあ俺と結衣?」
「ココナツのゲーム募集」
「そうだったかも」
湊は記憶をたどる。
五年前。
まだLinkcityに慣れていなかった。
ゲーム施設。
四人協力。
人数不足。
誰かが入ってきた。
それが。
結衣だった。
ゲーム終了後。
少し話した。
友人登録。
次の日。
また会った。
そのあと。
理央。
そして。
今。
「ここだったんだ」
湊が言った。
結衣も勲章を見る。
「なくなるまで忘れてた」
「何を?」
「最初に会った場所」
三人が黙る。
ココナツワールド。
最近は行っていない。
一年。
二年。
だから。
なくなっても日常は困らない。
明日。
仕事はできる。
買い物も。
ゲームも。
旅行も。
他に何千万ものワールドがある。
代わりはいくらでもある。
でも。
同じ場所はない。
「この勲章」
結衣が言う。
「プロフィールに付けようかな」
「一番上?」
「うん」
「最近取った旅行トロフィーは?」
「外す」
「気に入ってたじゃん」
「今はこっち」
結衣がプロフィール編集。
表示勲章。
ココナツワールド。
追加。
小さなロゴがプロフィールに現れる。
理央も追加する。
湊は少し迷った。
表示できる勲章には限りがある。
現在。
探索系。
旅行系。
仕事系。
ゲーム系。
いくつか並んでいる。
どれかを外す必要がある。
湊はゲーム大会の勲章を外した。
代わりに。
ココナツワールド。
追加。
プロフィールにロゴ。
小さい。
ただのマーク。
でも。
湊には。
島が見える。
海。
ホテル。
植物園。
ゲーム施設。
中央広場。
「自宅にも飾れるよ」
結衣が言う。
「トロフィー?」
「記念版ある」
三人は湊の自宅ワールドへ移動した。
広い部屋。
トロフィー棚。
湊は編集を開く。
ココナツワールド記念トロフィー。
配置。
棚の中央。
ロゴが入った小さな立体プレート。
その下に。
利用期間。
訪問回数。
二百八十七。
「地味だな」
理央が言う。
「地味でいい」
「もっと巨大なの置けるよ」
結衣が拡大する。
プレートが一気に大きくなる。
「やめろ」
「壁一面ココナツ」
「戻せ」
「思い出大きめ」
「物理的に大きくするな」
湊が縮小。
元のサイズ。
棚の中央。
「これくらい」
「小さくない?」
「見るとき分かればいい」
結衣も自宅へ飾ると言う。
理央も。
三人は棚の前に立つ。
「これだけ残るんだな」
湊が言った。
「画像もあるよ」
結衣が言う。
「動画も」
理央が加える。
「でもワールドはない」
「うん」
勲章を押す。
ロゴ。
利用記録。
アクセス期間。
訪問回数。
過去のイベント。
全部。
ワールドそのものではない。
道を歩けない。
海へ行けない。
ホテルの屋上にも上がれない。
植物園を一周できない。
初めて会ったゲーム施設にも入れない。
でも。
そこに行ったことまで消えるわけではない。
湊は記念ページを開いた。
運営からの最後の映像。
再生。
ココナツワールド。
中央広場。
最後の日。
数万人。
カウントダウン。
十。
九。
八。
湊は映像を見た。
参加できなかった最後の時間。
七。
六。
五。
利用者たちが手を振る。
四。
三。
二。
一。
表示。
長い間、ありがとうございました。
映像が終わる。
結衣が小さく言った。
「行きたかったな」
「うん」
「通知切らなきゃよかった」
「俺も」
「でも」
理央が言う。
「最後の日に行ってても、なくなるのは同じだよ」
「そうだけど」
「最後に見られた」
「それはある」
少し沈黙。
結衣が棚を見る。
「次から、お気に入りワールドの終了通知だけ入れようかな」
「イベント通知はいらないけどな」
「終了だけ」
「それいいな」
湊も設定を開いた。
通知。
お気に入りワールド。
サービス終了。
有効。
「俺も」
理央も設定する。
三人。
同じ設定。
「これで次は行ける」
結衣が言う。
「次がない方がいいけど」
「サービスならいつかあるよ」
「まあな」
Linkcityには。
今日も新しいワールドが生まれている。
一千万。
さらに増える。
作られる場所があれば。
終わる場所もある。
湊はそれを知っていた。
知っていたはずだった。
でも。
ココナツワールドは。
ずっとあるような気がしていた。
人気だったから。
有名だったから。
昔からあったから。
だから。
なくならない気がしていた。
そんな理由は。
どこにもなかった。
結衣がトロフィーを見る。
「このロゴ見ると行きたくなる」
「行けないけどな」
「分かってる」
「復刻とかないのかな」
「運営がデータ残してたら?」
理央が言う。
「期間限定で?」
「可能性はある」
「期待しすぎない方がいい」
湊が言う。
「分かってるよ」
結衣は笑った。
三人はトロフィー棚から離れた。
そのあと。
別のワールドへ遊びに行くことになった。
検索。
おすすめ。
新着。
無数の候補。
「どこ行く?」
理央が聞く。
結衣が画面を送る。
「知らないところ」
「おすすめ?」
「自分で探そう」
「どんな?」
「小さいところ」
「また埋もれてるワールド?」
「そういうの」
三人で検索する。
利用者。
少ない順。
湊が笑う。
「逆にするの?」
「たまにはいいでしょ」
「じゃあこれ」
理央が一つ選ぶ。
小さな港町。
現在利用者。
十四人。
「行ってみる?」
「行こう」
転送。
その直前。
湊は一度だけ後ろを見る。
棚。
ココナツワールドのロゴ。
小さな記念トロフィー。
そこに島はない。
海もない。
ホテルも。
植物園も。
ゲーム施設もない。
ただ。
ロゴがある。
二百八十七回。
その数字がある。
五年前。
初めて訪れた日がある。
結衣と出会った記録がある。
思い出の場所は消えた。
でも。
思い出まで。
サービス終了にはならなかった。
「湊?」
結衣が呼ぶ。
「行くよ」
「今行く」
湊は前を向いた。
転送。
景色が切り替わる。
知らない港町。
利用者。
十五人。
湊たちが来たことで。
十七人。
小さな波。
船。
茶色の建物。
細い道。
初めて見る場所。
「結構いいじゃん」
結衣が言う。
「まだ入口だぞ」
「入口がいい」
「歩こう」
理央が先へ進む。
三人も続く。
いつか。
この場所もなくなるかもしれない。
明日かもしれない。
十年後かもしれない。
ずっと続くかもしれない。
分からない。
だから。
今。
歩く。
湊は港の道を進んだ。
視界の端。
プロフィール。
勲章。
ココナツワールド。
小さなロゴが残っている。
新しい場所を歩きながら。
なくなった場所も。
一緒に持っていける。
Linkcityには。
今日も新しいワールドが生まれている。
そして。
今日。
一つのワールドが消えた。
けれど。
そこへ行った人たちのプロフィールには。
同じロゴが。
静かに残っていた。
コメント
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おお、第11話「消えたワールド」読み終わったわ…なんかもう、すごく切なくてあったかい気持ちになった。 ココナツワールド、ずっとあると思ってた場所が突然消えるって、めちゃくちゃ怖いし悲しいよな。湊と結衣と理央が「いつでも行ける」って思ってたからこそ、本当に行きたいときに終わってたってところが胸に刺さった。 でも、最後に小さな港町へ行くところ、すげえ好き。なくなった場所の記憶をプロフィールに残したまま、新しい場所を歩き出すっていう終わり方が、喪失を乗り越えるってこういうことなのかもって思わせてくれた。 サービス終了を知らせる通知を「有効」にした3人の仲間、これからも応援してるわ🔥