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放課後のチャイムが鳴り終わるころ、颯馬は机に突っ伏したまま、しばらく動かなかった。
笑い声や椅子を引く音が遠ざかっていく。教室の外では野球部の掛け声が響いていた。
頬杖をつき、ぼんやりと窓の外を見やる。
茜色の空が、どこか血の色に似ていた。
――昨夜の、あの顔が頭を離れなかった。
泣き声でも、呻きでもない。押し殺した息と震え。
ああいうのを見ると、心の奥が妙に静かになる。
“まだいける”って思う。
どこまで壊せるのか、試したくなる。
ポケットの中で、指先がひび割れた皮膚を掻いた。
爪の下に薄く赤がにじむ。それを見て、ふっと笑う。
痛みってのは、他人に与える時の方がずっと綺麗だ。
教室のドアが開き、友人が顔を出した。
「颯馬ー、帰んね?」
「先行け」
声が乾いていた。
友人が肩をすくめ、去っていく。
再び静寂。
遠くでグラウンドのボールが当たる音がした。
机の中には、昨日の夜使ったハンドタオルが入っている。
白い布には、乾きかけた茶色の染みが残っていた。
――あいつのじゃない。けど、思い出すには十分だった。
汚れた感触を、何度も確かめるように指先でなぞった。
“弱い奴ほど、壊すと音がいい”
昔、兄の晃司が言っていた。
その言葉の意味が、最近やっと分かる気がする。
壊す瞬間の息の詰まり方。
怯えと痛みが混ざった目。
あれを見てると、自分の存在がくっきりする。
生きてる、って思える。
鞄を肩にかけ、校舎を出る。
夕方の風がまだ熱を含んでいて、頬を撫でた。
ポケットの中でスマホが震える。
画面には「怜央菜」の名前。
通話を取ると、すぐにいつもの落ち着いた声が聞こえた。
「……颯馬。あんた、またやったのね」
「何を?」
「惚けないで。遥、学校休んだわよ」
颯馬は笑った。
「疲れたんだろ。あいつ、すぐ泣くし」
「日下部、また来てるって」
怜央菜の声が少し低くなる。
「前みたいに、面倒なことにならないでよ」
「……へぇ、まだ懲りてねえんだ。あいつ」
通話が切れる。
足元の砂利を踏みながら、颯馬はゆっくりと歩き出した。
心の中で何かが冷たく軋む。
――まだ、終わってない。
日下部。
あいつがいる限り、遥は壊れきらない。
中途半端に守られて、まだどこかで立ってやがる。
それが腹立たしい。
どうせなら、誰にも触れられないところまで落としたい。
夕陽が完全に沈むころ、校門を出る。
影が長く伸び、地面に自分の輪郭を引きずっていく。
その影を見つめながら、颯馬は低く呟いた。
「次は……日下部の番だな」