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「出てきてもいいぞ」
金原に声をかけられ、櫻子は顔を覗かせた。
呼ばれるまで待っていようと、適当な部屋で様子を伺っていたのだ。
「まあ、確かに、仕立て屋ではあった。しかし、ハリソンがなぜ?」
金原は、奥へ戻りながら、ぶつぶつ言っている。
櫻子は、金原が何を気にしているのか、自分はどうすれば良いのか、まるでわからず、戸惑いながら後を追う。
「まあ、ハリソンが気を利かせる程、厄介な集まりということでは?」
八代が廊下にいた。
「虎から、ハリソンについては、聞きました。その他の事は、龍もまだ酒が抜けてないので、さっぱりで。できましたら、ご報告ついでに、諸々お聞かせ願えれば……」
金原の部屋を見ながら、八代は言った。
「ああ、お前の報告を聞かなければならなかったな」
金原と八代は、仕事の話に入る素振りを見せる。
「あ、私、夕餉のお支度を……」
邪魔になってはいけないと、櫻子は台所へ向かおうとした。
「ああ、櫻子さん、夕餉なら大丈夫。虎が何か見繕ってきましたから。どうか、お部屋でお休みください」
八代は、柔らかな口調で櫻子へ言うが、すぐに、金原と話の続きを始めた。
もしかしたら、台所でも、龍達が、何か大事な話をしているのかもしれない。八代の人払いめいた言葉は、櫻子にのしかかる。
結局、邪魔なのか。と、感じ取った櫻子は、軽く頭を下げ、自分の部屋へ向かった。
どのみち、着替えなければならない。いつまでも、こんな豪華な着物を着ているわけにはいかないだろう。などと、少しもやもやする胸の内を誤魔化しながら歩んだ。
その、どこかしょげきった後ろ姿に、金原は、眉をしかめていた。
「八代……、少し、言い方を考えろ。あれでは、邪魔と言っていると、思われてしまう。いや、思っている」
「おや、そうですか?しかし、なぜ、それが分かるのに、他は分からないのですかねぇ」
「はぁ?」
「ほら、そこ」
何が言いたいと、食ってかかりそうな金原を、八代は笑いながら、いなす。
「まあいい、とにかく、向こうの事を聞かせてくれ」
八代のからかいが、癪にさわったのか、金原は、ドスドスと足音荒く部屋へ向かった。
ガタガタと立て付けの悪い板戸を開けて、部屋へ入った櫻子は、ベッドに腰かけ息をつく。
目の前に広がるのは、豪華な調度品が設えられた、夢のような世界なのだが、入り口は、板戸。そもそも、ここは物置、納戸だった。
この何かちぐはぐな感じが、今の自分の立場なのかもと、櫻子は、考え込んだ。
女中と言い張り、それでも、妻の扱いを受けている……。
いったい、どうゆうことかと驚いていた心情は、これからどうすれば良いのかへ変化していたが、果たして、それは、ここでやっていく覚悟なのか、櫻子は、迷いに迷った。
そこへ、うおーー、と、台所から、龍の雄叫びが流れて来る。
「しまった!!まずいっ!!虎!人力だせっ!!取立て忘れるところだったわっ!!」
騒がしいのは、ほぼ慣れてしまった。しかし、取立てという物騒な言葉に、櫻子の胸はえぐられる。
そう、自分も、取立てに合った立場。
お浜や、龍、そして、虎……皆、気の良い人達ではあるが、結局、この家は、取立てを生業にしている所なのだ。
大きく息を吸い込んで、櫻子は、自身に言い聞かせる。
自分は、女中、そうあるべきなのだと。
が、洋食屋で、ライスカレーの食べ方を熱く語り、店主から逃げるかのように駆け出し、子供のようにはしゃいでいた金原の姿がちらついた。
とたんに、櫻子の胸はトクンと高鳴る。
胸に手を当て、その鼓動の意味を確かめようとした櫻子だったが、答えを見つける事は出来なかった。
「……と、いうことで、ハリソンの忠告は、憶測というより、諸国が、確実に起こす事です。その結果、日本はどうなるか予想がつきませんが……」
八代は、金原へ渋い顔を向けていた。
テーブルを挟んで、座る金原は、
「つまり、小競り合いを起こそうというわけか。その対象が、ロシアねぇ。また、大きく出たなぁ」
頬杖をつくと、呆れながら、言った。
「違いますよ、社長。これは、ただの暴動ではありません。人為的に暴動を起こしたつもりが、それは一人歩きし、今や革命になってしまった……」
「なんだそりゃ。また、厄介な」
「諸国の裏工作については、省略します。しかし、確実に、ロシアは崩壊します。そのきっかけとなる、社会主義という思想が、厄介なものになるでしょう。周辺諸国へ飛び火すれば、世界は一変するかもしれない……」
八代は、険しい顔で、金原へ進言した。
「そうか……、欧州の大戦が終われば、次は、ロシアということか……。さて、それが、今の軍需景気のようになりえるのか……」
「さあ、それも分かりません。そうなって、みなければ……」
はあ、と、金原は息をつき、また、物価は上がり、何より、納める税が、また上がると、ぐずぐず言い始める。
「まあ、確かに。そこで、米を、押さえて置くべきかと。内地、つまり、国内で、必ず入りようになる米の値段が上昇すれば、生活は、どうにもなりません」
「まあ、上昇ということは、稼ぎ時ということではあるが、ただ、売り物の米がなくなれば、儲けにもならん。やはり、外地……か……」
八代は、先々の動きを読み、次に手を出すべき所はどこか、視察に出掛けていた。
販路も、そろそろ尽きてきた今、金原達は、勝負に出るかと、外地、即ち、朝鮮半島での商いに目をつけていた。
八代は、朝鮮国へ渡り、現地の日本人街と、渡りをつけた。あくまでも、新参者。いきなり派手な商いは出来ないが、現地の商店経由などで、日本向けの物資を押さえることは出来そうだった。
ただ、世の中の動き、ロシアの情勢が、芳しくない。ハリソン、八代共に、情報を掴んでいるということは、憶測や噂で終わる物ではないのだろう。
「時期の見極め、これに尽きるか」
唸るように金原は言い、八代はそれに大きく頷いた。
「うっせぇーよー!!泣くなっ!!」
深刻な話を打ち破るような、龍の怒鳴り声が、突然、響いて来た。
「八代、あいつ、取立てがどうのと叫んでなかったか?」
「ええ、もう、戻って来たんでしょうか?」
続いて、子供の泣き声がする。
何事だと、金原と八代は顔を見合わせた。
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