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「し、調べたの?」
「悪い……いや、でもやっぱりお前……どうしてだ? こんなに可愛いのにどうしてそんな男に引っかかるんだ?」
悲壮な声に、けれど聞き捨てならないセリフ。
「……可愛いって言うなら好きでいさせてよ。まーくんのこと好きじゃないフリする私なんて私じゃないよ」
「だから優奈、お前は俺にとって妹みたいなもので」
聞きたくない、と。優奈は激しく首を横に振った。
ああ、これだから妹だと言われてしまうんだろう。そう思いながらも、こうする他、今の優奈には何も思いつくことができない。
「まーくんのこと好き、ずっと、もう二十年も好きだよ」
言いながら、なんて長い片想いなのだろうかと、つい涙ぐんでしまう。
すると、やはり雅人は焦ったように立ち上がり、盛大にイスを倒してしまった。
しかしそれを気にする素振りもなくオロオロと優奈の涙を拭ってくれる。
「……泣かないでくれ。俺は、お前に泣かれると弱いんだよ」
「じゃあ、泣き止むから私を彼女にしてよ」
「無理だ」
「どうして!」
「お前は……何度も言ってるけど妹で」
「妹じゃないよ!」
同じ会話を繰り返しているうちに、優奈の声はヒートアップしていく。困ったように目を閉じ、額に手を当てた雅人が小さく唸る。
数十秒いや、数分だろうか? 沈黙が続く。
やがて、彼が次に視線を優奈にぶつけた時。
覚悟を決めたかのような、力強い瞳を優奈へと向け、観念したように吐き出した。
「じゃあ、わかった。こうしよう。優奈、お前ここに住むんだ」
「は?」
なぜそうなった?
「双方にメリットがあるだろう」
「え、ど、どんな?」
ここまで驚異の押し具合を見せた優奈も、思いがけない提案に声がひっくり返る。
「俺はお前が変な男に引っかかることもなく、きちんと食事をとって金にも困らず心身穏やかに過ごしているかどうかを確認したい、し続けたい」
「親なの!?」
「人の金を使うのが嫌なんだろう? だが前提として俺はお前を放っておけない。その点ここなら俺が新たに出費することもないし部屋も余ってる」
「な、なるほど……」
「あとは、そうだな。俺をその気にさせたいって言うんなら頑張れ。俺は帰りが遅いが一緒に住んでいないよりも関わる時間が増える、その気にさせてみたらどうだ?」
ニヤリと意地悪な笑みを作った。
緩められたネクタイに着崩したワイシャツ。そこから見える素肌と、思わず触れたくなる鎖骨。
どこからこんな色気を醸し出すのか。その気にさせるなど、この色気に勝るものを身につけなければいけないということか。
果てしない挑戦だ。
「まぁ。そうはならない自信があるぞ。そして別に禁欲するつもりはない、今まで通り女とは外で会う」
「い、いやだ! てゆうかやっぱ恋人がいるの!?」
「いない」
「え!? なのに禁欲しないで女の人と会うの?」
「……男なんてそんなものだぞ。嫌になったか?」
嫌になったと言わせたい、そんな挑発的な目を向けられて「もちろんです」とは、言うものか。
近くにいるということは、そういった彼が帰ってこない夜の虚しさも受け入れなければいけないということだ。それも、優奈の気持ちは受け入れられないままに。
嫌だ。嫌でたまらない。
けれど、この提案、優奈のメリットの方が明らかに大きいのだ。というか、ほぼ優奈にしかメリットがない。
「……嫌だけど、でも、そうか」
「ん?」
「まーくんが私に会いたくてまっすぐ帰ってくるようにすればいいのか!」
「そうだそうだ、さすが優奈だな。話が早い」
「しかもこれから職場も一緒!」
「……そうそう、一緒……だ。だからお前はちゃんと食べて、まずは健康第一に」
「まーくんは細い方が好き? 多少はお肉のぷにっと感ほしい?」
「は?」
「下着はどんなのが好きなの? 昔部屋に忍び込んで見つけたエッチな本とかは派手な下着で巨乳の美女が多かったけど、今も好き?」
「ま。待て……」
テーブルに乗り上がる勢いで目を輝かせる優奈を、後ずさりながら見る。その雅人の表情が徐々に強張っていく。
「どうしよう、私、まーくん好きだったこと思い出してきたら死ぬほど元気になってきた!」
「い、いや優奈が元気になってくれるなら……それは、いいんだけど」
優奈はもう、うなだれる雅人の心中を理解しないほど子供ではない。けれど、理解しないふりをする。
妹だと拒否され続けている自分が使える唯一で、そして最大の武器じゃないか。
(否定ばっかしてたら消えちゃうよ、ほんとの私)
閉じ込めてた想いが弾かれたように身体中から溢れ出す。
無理やり作った距離は、見たくない自分から、そして雅人から逃げるための見せかけで。本当はずっと、ダメな自分も含めて認めたかった。
優奈が優奈でい続けるための条件。
心が枯れてしまわないための条件。
それは、雅人への恋心。