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朝。焚き火の残り香が漂う中、田島は寝袋から這い出た。テントの外では、ゾンビがじっと灰を見つめていた。髪は少し乱れ、肩にかかる長い束が風に揺れている。
「おはよう…って、何してんの?」
田島が声をかけると、ゾンビは振り返らずに答えた。
「何か…思い出せそうな気がして。灰の匂いとか、火の音とか…」
田島は少し考えてから、昨日ゾンビが出てきた場所を指さした。
「じゃあ、あそこ掘ってみるか。何か手掛かりがあるかもしれない」
ゾンビは頷いた。
二人はスコップを手に、地面を掘り返し始めた。土は湿っていて、根が絡みついている。田島は期待していた。スマホ、財布、鍵…何かしら身元につながるものが出てくるはずだと。
「普通、ポケットに何か入ってるもんだよな。免許証とか、レシートとか…」
「私、ポケットがなかったかも。ワンピースだったし」
「そっか…じゃあ、埋められた時に何か持ってた可能性は…」
「埋められた、って決めつけるのも早いかも。自分で入ったのかもしれないし」
田島はスコップを止めて、ゾンビの顔を見た。
「……自分で?土の中に?」
ゾンビは少し考えてから、首をかしげた。
あれこれ考えても仕方がない。
「とにかく、掘ってみるか」
だが、出てくるのはただの土、石、根っこばかり。
田島は額の汗をぬぐいながら、ぼそりと呟いた。
「何もねぇな…」
そのとき、ゾンビが何かを見つけた。
「……これ、目玉?」
田島が振り返ると、ゾンビの手の中に白濁した球体があった。
「うわっ!目玉!?ギャーッ!!」
田島は思わず叫び、スコップを落とした。
ゾンビは冷静だった。
「たぶん、私の…左目。落ちてたみたい」
田島は思わずゾンビの顔を見直した。
確かに、これまで左目は髪で隠れていて、白濁した右目ばかり見えていた。
「……今まで気づかなかったわけだ」
ゾンビは無表情で頷いた。
「私も、なくなってたことに気づいてなかった」
さらに掘り進めると、今度は田島がもうひとつ奇妙な物体を見つけた。
土にまみれた、茶色い塊。干からびていて、どこかさつまいもに似ていた。
「これ…なんだろう。さつまいも?妙に柔らかいけど…」
田島はまどかをちらっと見た。
「まあ、自然の中って変なもん埋まってるしな」
田島はそのまま土に戻した。
「とりあえず、これは保留で」
掘り返し作業が終わると、田島はため息をついた。
「やっぱり…何も出なかったよな」
身元につながるようなものが何も見つからなかったことが、何を意味しているのか──田島には、もう分かっていた。
ゾンビは黙って土を見つめていた。
その目は、何かを探しているというより、何かを諦めかけているようだった。
「誰かが、わざと全部消したのかもね」
「それとも、最初から何も持ってなかった…?」
田島は少し考えてから、言葉を選んだ。
「……じゃあさ、身体的な特徴とか、何かヒントになりそうなものはない?傷とか、タトゥーとか…」
ゾンビがピクリと反応した。
「……私の裸、見たいだけなんでしょう!」
田島は慌てて手を振った。
「ち、違う違う!そういうんじゃなくて!俺はただ、手掛かりを探してるだけで…!」
ゾンビはじっと田島を見つめる。
その瞳は白濁しているのに、不思議と感情が伝わってくる。
「……ごめん。ちょっと、過敏になってたかも」
田島は苦笑した。
「いや、俺の言い方も悪かった。ていうか、ゾンビに裸見せろって言うやつ、普通いないしな」
ゾンビは小さく笑った。
「でも、私の体…何かヒントになるかもしれない。脱ぐから、見ないでね」
田島は背を向けながら、心の中で叫んだ。
(いや、見ないけど…ちょっとだけ気になるのは、男としての本能だよな…)
背後で、衣擦れの音がした。
まどかが着ているのは、田島の白いTシャツだった。
男性用だからぶかぶかで、丈は太ももの中ほどまで届いている。
風が揺れるたび、裾がふわりと浮き、彼女の細い脚がちらりと覗いた。
その裾を、まどかがそっとめくる気配がした。
焚き火の火がぱちぱちと鳴る中、田島は視線を焚き火に固定したまま、耳だけでその気配を感じ取っていた。風が一瞬止み、焚き火の灰がふわりと宙に舞った。
彼女は自分の下腹部に視線を落とした。
そして、しばらく動かなかった。
「…………」
まどかはゆっくりと裾を下ろし、焚き火の方へ視線を戻した。
田島がそっと問いかける。
「……何か、分かった?」
まどかは少しだけ間を置いて、ぽつりと答えた。
「何も……なかったよ」
田島は静かに頷いた。
「そっか……」
その言葉のあと、まどかはふと掘った場所へ目を向けた。
土に半分埋まったままの“さつまいもみたいなもの”が、朝の光に照らされていた。
彼女は何も言わず、それをじっと見つめた。
目は白濁しているのに、どこか鋭く、何かを確信しているようだった。
だが、彼女は何も言わなかった。
ただ、焚き火のそばに戻り、静かに座った。
焚き火を囲みながら、田島はぼそっと呟いた。
「そういえば、君の名前って…ないんだよな」
ゾンビは火を見つめたまま、しばらく黙っていた。
炎の揺らぎが彼女の顔を照らす。髪の隙間から、白濁した目がちらりと覗いた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……まどか。何だろう…そう呼ばれていた気がする」
田島は目を細めた。
「まどか、か。いい名前だな。しっくりくる。」
ゾンビは微笑んだ。
「うん。自分の名前って感じがする」
田島は火を見つめながら、静かに頷いた。
その名前が、彼女の記憶の扉を少しだけ開いたような気がした。