その時、健吾が急に思い出したよう言った。
「そう言えばさ、理紗子のSNS、あれは良くないよ」
「えっ? 何がですか?」
「写真とかをすぐにアップするのがやばいって」
「え? どうして?」
「リアルタイムでアップすると居場所がバレるだろう? これから旅行に行くなんてアップしたら空き巣に入られる可能性もあ
るし、下手するとストーカーが居場所を突き止めて追いかけて来るなんて事もあるかもしれないし。一応君は有名人なんだか
ら」
「えっ? 大丈夫ですよー! こんな弱小小説家なんて誰も気にしていませんから。それに私のファンはほとんどが女性すし」
理紗子は特に気にする様子もなくまたビールを飲み始めた。
「君はリスク管理が甘すぎる。何かあってからじゃ遅いんだぞ」
健吾はのんびりした様子の理紗子にあえて強い口調で言った。
すると理紗子は、
「佐倉さんは動画配信者だから顔が知られているので要注意ですが、私はそんなに神経質にならなくても大丈夫です」
理紗子はきっぱりと言う。
そこで健吾が言った。
「おい、その『佐倉さん』はどうにかならないか?」
「えっ? だって……佐倉さんでしょう? お名前は佐倉じゃん!」
理紗子は段々絡むような口調になってきた。
空きっ腹にビールを飲んだので、理紗子の頬はほんのりと赤く染まっている。
もう酔っているのか?
なんだか理紗子は急に気分が大きくなってきたような気がした。
今なら健吾に何でも言えそうだ。
「もう酔ったのか? 空きっ腹に飲ませたのがまずかったか。君は酒に弱いんだからゆっくりペースで飲まないと」
健吾はやれやれと言った様子で理紗子の手からジョッキを取り上げた。
ちょうどそこへスタッフが料理を運んで来たので、
「とりあえずなんか食べろ! 食べながら飲め!」
健吾はそう言って甲斐甲斐しく理紗子に料理を取り分けた。
「うわーっ、イケメンが取り分けてくれてるぅー!」
理紗子は上機嫌で言うとけらけらと笑った。
どうやら本当に酔っているようだ。
「そうだっ、ケンちゃんだっ! そうそうケンちゃん! ケンちゃんにしようっ!」
理紗子は笑いながら言った。
そしてケンちゃんケンちゃんと連呼し始める。
「『健吾さん』で来るかと思ったら、いきなり飛び越えて来たか。ま、いっか!」
健吾は笑いをこらえながらそう呟いた。
そして理紗子の前へ皿を並べると、
先に食べてから飲めと、まるで子供の世話をする母親のように何度も言った。
その時、テラスの端にある舞台の上へショーの出演者が次々に登場した。
そろそろ沖縄音楽の演奏が始まるようだ。
ハブの皮で作られた三線や琉球箏、島太鼓や胡弓、そして琉球笛の奏者が舞台の定位置につく。
そして間もなく演奏が始まった。
一曲目は、『安里屋ユンタ』という曲で始まった。
三線を弾きながら年配の男性歌手が名曲を披露する。
その力強くあたたかみのある歌声は、その場にいた観客を一気に引き込んだ。
その後は、何人かの女性歌手が登場し、
『童神わらびがみ』
『黄金こがねの花』
『てぃんさぐぬ花』
を三曲続けて披露した。
そのどれもが心に染み入る美しい歌声だった。
理紗子は感動のあまり、食事をするのも忘れて聴き入った。
いつもイヤホンから聞いている音とは違い、生の歌声と演奏の迫力に圧倒されている。
その後は若い男性五名が太鼓を持って登場し、活気溢れるエイサー踊りを披露してくれた。
高らかに響く太鼓の音は、その場にいる者の身体を清めてくれるような迫力あるリズムを刻む。
太鼓の拍子に合わせて飛び回る演者達に、観客達は手拍子を送っていた。
そしていよいよ最後の曲になった。
それは偶然にも理紗子の大好きな『光の島』という曲だった。
この曲は沖縄出身の女性アーティストのオリジナル曲で、理紗子は一時期毎日のようにこの曲を聴いていた。
その『光の島』を、若い女性歌手が歌い始めた。
理紗子は弘人と別れたばかりの頃、この女性アーティストのCDに出会った。
彼女の歌には癒しの力があるような気がして、すぐにファンになった。
最初の頃は曲を聴く度に泣いていた。
彼女の美しい歌声は、失恋後の傷ついた心に染みわたるように響く。
しかし繰り返し聴くうちに、理紗子の心は徐々に回復し、いつの間にか涙を流さなくなっていた。
そしてその曲を聴き続けていると、今度は、
また美しい島に行きたい
あの美しいエメラルドグリーンの海を見たい
そう思い始めている自分がいた。
それからは小説家としての仕事にひたすら打ち込んだ。
今はその仕事のお陰で、こうして再びこの島を訪れる事が出来た。
そう……私はこの曲にずっと支えられてきたのだ。
そして再び訪れたこの島で、偶然その曲を聴いている。
理紗子は思わず感極まって泣き始めた。
理紗子が泣いているのに気づいた健吾は、理紗子の頭を手のひらで優しくポンポンと撫でた。
そしてショーは終了した。
舞台に上がったアーティスト達に、観客から盛大な拍手が送られた。
歌手や奏者は一列に並ぶと、最後にお辞儀をしてから舞台を後にした。
理紗子はハンカチで涙を拭きながら言った。
「最後の曲は、二年前の苦しい時に私を救ってくれた曲なんです。あの曲があったから、今私はここにいられるの」
理紗子はそう言ってニッコリと笑った。
二年前と言うと、健吾が初めて理紗子を見た頃だ。
きっと当時の失恋の痛みを、この曲で癒したのだろう。
沖縄の歌には、深い癒しの力がある事は健吾もわかっていた。
辛い事があっても、彼女は逃げずに一人で頑張って来た。
孤独や不安に押しつぶされそうになった時期もあっただろう。
しかし彼女は努力し続けたのだ。
その時、健吾の脳裏には、二年前に見た時の理紗子の面影が浮かんで来た。
あの時は弱々しく儚げで、今にも壊れてしまいそうな雰囲気だった。
しかし目の前の彼女はあの時とは違う。
今の理紗子は生き生きとして、自分の足でしっかりと立っている。
その強さ、そして潔さに、さらに惚れてしまいそうになる自分がいた。
(一体俺はどうしたんだ?)
健吾は心の中でそう呟くと、思わずフッと笑った。
コメント
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ケンちゃーん♡ スゴい角度からきたね(,,>ლ<,,)ww∗˚ 気付いていなかったというか、あの日からすでに堕ちてたんですよ💘け・ん・ご・さ・ん🩵🩷 首ったけ〜Ꮭövє..*🤍
健吾はもう完璧に理沙沼にハマっちゃったね💞 何をしても心配で可愛くてお世話焼きたくてもうデレデレ💕 でもそれも健吾という人間らしさで理沙ちゃんの強さ、弱さ、儚さ全てを知った上で惹かれてるんだから契約でなく素直に付き合うのが良いよ🆗🌹