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ちゃ
3話▶︎見間違うわけない横顔 / side柔太郎
翌年。
消化不良の恋は、俺を佐野先輩の進学した大学のオープンキャンパスへと向かわせるには、十分なほど燻り続けていた。
いまだにこんなに気持ちを持て余している自分がいるなんて 。
オープンキャンパスは賑わっていて、俺は来校者の波に流されるように歩いた。
受験生用の大学紹介パンフレットを小脇にはさみながら、模擬授業がある教室の場所を調べる。
緊張と、少しだけ浮き足立つ気持ち。
にぎやかな構内を笑顔で行き交う人々。
歩きながら、懐かしい後ろ姿を見つけた俺は、不意に足を止める。
——あ、いる。
人混みの向こう。笑いながら誰かと話している、見間違うはずない横顔。
佐野先輩。
喉元まで名前が出かかって、でも声にはならない。あのときと同じだ、と思った。言いたい事があったはずなのに、結局何も言えないまま、すれ違った。
その瞬間、先輩がふと振り返った気がして、心臓が跳ねる。顔をすぐに背けたから、目は合わなかったはず。気付かれては、いないはず。
心臓がバクバクと鳴る、その数秒後———
「久しぶり、柔太郎。」
後ろから投げかけられた声に、思わず足が止まる。
振り返れば、あんなに会いたかった先輩がいた。
高校生の頃より伸びた髪の毛が、先輩をより大人っぽく見せている。だけど、あの頃と笑顔は何も変わらない。
「覚えてて、くれてたんですか」
思わずそう言うと、先輩は軽く笑う。
「忘れるわけないだろ」
何気ない一言なのに、胸が痛い。
会いたい下心があったくせに、いざ会うとうまく話せない。でも先輩は、昔と同じように距離が近いくせに、どこか一線を引いていた。
優しい、相変わらず、誰にでも。
——ああ、やっぱり特別じゃなかったんだ。
そう思ってしまう自分が、少し嫌になる。
「先輩、彼女とか、できましたか」
何気ないフリをして尋ねた。
ああもう、思考がダダ漏れの質問だ。
あ〜〜〜、俺って、ほんともう———
けれど先輩は少しだけ間を置いてから
「いないよ」
と答えた。
たったそれだけの言葉で、鼓動がはやくなる。
「そういえば、よく覚えてましたね、俺のことなんて」
笑いながら言うと、先輩の表情が止まった。
「は?」
「え、だって…あの、いや、嬉しいですけど」
軽く言ったつもりだった。
でも、次の瞬間。
「あたりまえだろ。」
低い声だった。
「ずっと、覚えてた」
空気が、変わる。
「……へ?」
俺の口から、思わず間の抜けた声が出る。
「俺が、お前を忘れたりするわけないだろ。」
静かに、でも力強く告げられたその言葉に涙が溢れそうになる。
——ああ、やっぱり好きだ。
「……俺」
あふれて抑えきれなかった
「俺、先輩のこと、ずっと好きでした」
言うつもりじゃなかったのに、もう、止まらない
「今も……ずっと好きです」
過去形と現在形が混ざる。
最悪の告白だと思った。
でも、先輩はすぐには答えなかった。ただ、少しだけ困ったように笑って言った。
「遅いよ」
その一言に、息が止まる。
「俺も、ずっと好きだったのに」
そう言った先輩の声が、やけに遠くに聞こえた。
俺は言葉の輪郭さえつかめずに立ち尽くした。
「でも、お前のことだからさ。大学行って、もっといいやつ見つけるんだろうなって思ってた」
俺が困らない様、逃げ道になるような言葉をくれる。やっぱり優しい人だ、最後まで、自分より相手を優先する。
そうやって、誰にでも優しいから——
越えてはいけない一線だったのに。
でももう、止められなかった。
「期待するじゃないですか」
自分の声が雑踏に紛れないように、はっきり先輩の目を見て言うと、「だから、言えなかった」と、先輩の声がわずかに強くなった。
——ああ、本当に同じ気持ちだったなんて。
笑えるくらい、胸がしめつけられて、張り裂けそうになる。
「……言えなかったって、何を」
わかっているくせに、聞く。
自分をずるいと思った。
返事を聞きたいはずなのに、心が強く拒絶して、先輩が何か言っているのに、まるで水の中にいるみたいに、うまく聞こえない。
先輩、先輩、先輩——————
「……俺」
絞り出す様に出た言葉だった。
叱られた子どもみたいに、声が震える。
でも。
「でも、どうしたらいいかわかんないです」
ただただ、正直な気持ちだった。
先輩は少しだけ目を細める。
それから、ゆっくりと息を吐いた。
「じゃあさ」
その声は、少しだけ優しかった。
でも今度は、逃げ道を残さない言葉だった。
「終わる前提で、始めるか」
意味が、すぐには飲み込めずにいる俺に
「それでもいいなら」
真っ直ぐ、大きな手が差し出された。
あんなに触れたかった先輩の手。
「今度は、ちゃんと選べ」
先輩の声が少しだけ弱くなる。
俺はその手を見つめ、震える指で、ゆっくりと触れる。
「……ずるいです」
小さく呟く。
「今さらすぎません?」
俺が言うと、先輩も肩をすくめる。
「ほんとにな」
少しの沈黙。それから、俺の指先を先輩の大きな手が、ためらいがちに握り返す 。
先輩の想いに、確かに触れた気がした。
「……これでいいんですか」
「よくはないだろ。柔太郎は遠回りしすぎ」
そう言いながら、先輩は少しだけ握る力を強くする。
「でもまあ」
先輩は目を閉じて、口元だけで笑う。
「今だから、いいのかもな」
俺もつられて、小さく笑いながら伝えた。
「はい。今だから、いいんです」
遅すぎた初恋は、きっと、終わりが決まっている。
それでも、俺はあなたと。
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