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第十五章 二つの目覚め
第六話 還りを呼ぶ森
破られた二か所へ、ハヤトが新しい結界石を配置していく。
淡い金色の光が再び広がり、暗い夜の森へ小さな安全地帯を作り出した。
ハヤトは大きく息を吐く。
「……とりあえず、少しでも休もう……」
疲労の滲む声だった。
「瘴気も薄くなった。しばらくは大丈夫だろう……」
交代で番をしながら、それぞれ横になる。
だが、眠れるはずもなかった。
時折、結界石が微かに震える音。
森の奥から消えない、魔獣の気配。
遠くで響く低い唸り声。
暗闇そのものが、結界の外で蠢いているようだった。
寝袋へ入っても、誰も深く眠れない。
何度も目を覚まし、何度も武器へ手を伸ばす。
ジントは特に、ほとんど眠れていなかった。
瞼を閉じる度、大量の瘴気が身体の奥で渦巻く感覚がする。
耳の奥で、無数の声が囁いているようだった。
やがて気付けば、空が少しずつ白み始めていた。
木々の隙間から淡い朝日が差し込む。
夜の終わり。
ようやく5人は、少しだけ安心して目を閉じた。
-–
ジントが目を覚ましたのは、日がかなり高くなってからだった。
重たい瞼を開く。
湿った森の匂い。
まだ少し気怠い身体。
視界の先では、ハヤトとジュウタロウが焚き火の前で話をしていた。
その横では、ダイチとシュンタがまだ寝息を立てていた。
シュンタは毛布へ半分埋まり、ダイチは腕を枕にして眠っている。
ジントはゆっくりと身体を起こした。
まだ少し重い。
だが思っていたよりは動ける。
その気配に気付き、ハヤトが振り返る。
「ジント、大丈夫か?」
「うん……なんとか……」
数時間でもぐっすり眠れたのが大きかった。
瘴気の重さは残っている。
けれど、身体は昨日ほど辛くはない。
ハヤトは小さく頷く。
「空模様が怪しい。雨が降る前に進もう」
寝ていた2人を起こすと、5人は簡単に朝食を済ませ、荷物をまとめ始めた。
その頃には空一面を重たい雲が覆っていた。
森を吹き抜ける風も昨日よりさらに冷たい。
「……降るな」
ハヤトが低く呟く。
馬へ跨り、再び北を目指す。
ポツ……
ポツリ……
やがて、木の葉へ雨粒が落ち始めた。
雨はみるみる強くなり、森は灰色の景色へ変わっていく。
ザァァァ……
枝葉を打つ激しい雨。
ぬかるむ地面。
馬の足取りも自然と遅くなる。
予定していた場所まで、思うように進めない。
「くっ……この雨じゃ速度が出せない……」
ハヤトが悔しそうに呟く。
誰も返事をしなかった。
返事をする余力もない。
前夜の戦闘。
睡眠不足。
身体へ溜まり続ける疲労。
冷たい雨が、容赦なく体温を奪っていく。
夕方。
雨はようやく小降りになった。
適当な場所を見つけて野営の準備をする。
昨日より狭い、木々に囲まれた場所。
木々の間に防水仕様の布を張り、簡易的な雨避けにする。
結界石を配置し、魔石灯だけを灯す。
焚き火は起こせない。
シュンタの用意した魔道具で暖を取り、簡単な保存食だけで、全員静かに食事を終えた。
その夜。
魔物の襲撃は、幸い昨日ほどの大群ではなかった。
結界へ近付いてきた数体の魔物を素早く迎撃する。
短い戦闘。
だが、眠りへついた頃には身体の疲労はさらに深くなっていた。
……
翌朝、冷たい雨はまだ振り続いていた。
やがて再び馬へ跨り、五人は北を目指して進み始めた。
土道はぬかるみ思うように速度は上がらない。
倒木を避け、ぬかるみに足を取られ、時には馬を降りて歩くこともあった。
予定より確実に進行が遅れている。
それでも足を止めることは出来なかった。
満月の日は、待ってくれない。
その夜もまた、森には魔物が現れた。
一昨日ほどの規模ではない。
それでも休息を奪うには十分だった。
雷が走る。
炎が夜を照らす。
氷が魔物の動きを止める。
黄金の剣閃が闇を切り裂く。
そして。
倒れた魔物から溢れる瘴気は、静かにジントへ吸い込まれていった。
ーーー
翌日も、空は厚い雲に覆われていた。
時折降る冷たい雨。
ぬかるんだ道。
思うように進めない道程。
夜になればまた魔物が現れる。
結界石は何度もひび割れ、誰も深く眠ることは出来なかった。
森へ入ってから、四日。
疲労は少しずつ、確実に積み重なっていく。
それでも五人は歩みを止めなかった。
前へ。
ただ前へ。
-–
翌朝。
ようやく青空が広がっていた。
木々から落ちる雫が、朝日に照らされて輝く。
雨上がりの森だった。
全員昨日よりも少しだけ表情は明るい。
「今日は進めそうだな」
ハヤトが微笑む。
誰もが同じことを思っていた。
遅れを取り戻したい。
5人は再び馬を走らせる。
ぬかるみは残っていたが、昨日より速く進めた。
昼頃。
ようやく雨で冷え切った身体を休めるため、少し開けた場所で休憩を取る。
シュンタの魔道具のお陰で、外套や服もある程度乾いた。
温かいお茶と他愛もない会話で、
5人の表情にも少しずつ余裕が戻ってきていた。
雨上がりの森には穏やかな静けさが広がっている。
お茶を飲んでいたジントはふと、向かい側へ座るハヤトの手元へ視線を止めた。
手の甲。
薄い切り傷。
魔物によるものではなさそうだがまだ少し血が滲んでいる。
「ハヤト、それ……」
ジントは静かに立ち上がると、ハヤトの傍へ歩み寄った。
「ん?」
ハヤトが不思議そうに顔を上げる。
ジントはそっと、その手を取った。
「……ジント?」
驚いたように、ハヤトが目を見開く。
次の瞬間。
ジントの掌から淡い月光のような光が溢れ出した。
柔らかく、温かな光。
森の薄暗さの中で、それは幻想的に揺れている。
ジントの伏せられた長い睫毛が、その頬に影を落とす。
傷口へ光が染み込む。
するとみるみるうちに、裂けていた皮膚が塞がっていった。
やがて光が消える頃には、ハヤトの手の甲はまるで最初から傷など無かったかのように綺麗に癒えていた。
「……すごいな……」
ハヤトは自分の手を見つめ、それからジントを見る。
その眼差しは優しい。
だがどこか心配そうでもあった。
「ジント……その力を使うのは辛くないのか?」
ジントは笑顔で頷く。
「うん、大丈夫」
その声は明るい。
「さすがに戦闘直後とか……、大きな傷を治すのはちょっとしんどい時もあるけど」
「このくらい何ともないよ」
ハヤトは静かに息を吐いた。
「……そうか」
そしてそっとジントの頭を撫でる。
「ありがとう。でも無理するなよ」
「うん」
その時だった。
「なぁジンちゃ〜ん……」
後ろから、妙に甘えた声。
シュンタだった。
「俺もこっち治して欲しいんやけど……」
そう言いながら、自分の頬を指差す。
「さっき枝当たって引っ掻いてもうてん……」
「おいシュンタ!」
ダイチが即座に反応した。
「そんなんでジント頼るな!」
「ええやん別に〜!」
だがジントは笑っていた。
「大丈夫だよ。シュンタ、おいで」
「やった!」
シュンタがパアッと顔を輝かせる。
向かい合う二人。
ジントはそっと、シュンタの頬へ手を添えた。
再び、淡い月光が溢れる。
近い距離。
温かな光。
ジントの大きな黒い瞳を見つめる。
真剣な、でもどこまでも優しい眼差し。
シュンタの顔がだんだん赤くなっていく。
「……ジンちゃん……近……」
「動いたら治しにくいよ?」
「っ……はい……」
その様子を黙って見ていたダイチの眉が、ピクピクと震えた。
限界だった。
「……もうええやろ!!」
勢いよく二人の間へ割り込む。
「わっ!?」
「ちょ…、ダイちゃんひどない!?」
無理矢理引き離されたシュンタが抗議する。
「ほら!もう綺麗に治っとるやん!」
「えーっ!まだ途中やったやん!」
「絶対終わっとった!!」
「終わっとらんって!!」
ジントは困ったように笑った。
「また始まった……」
ジュウタロウが呆れたようにため息を吐く。
その横でハヤトがニヤリと笑った。
「ジュウタロウ、 ちょっと羨ましいんだろ?」
「…………」
無言。
だがほんの僅かに、ジュウタロウの視線が逸れる。
ハヤトは思わず吹き出した。
「ふっ……分かりやすいな」
ジュウタロウは露骨に不機嫌そうな顔になる。
その様子に気付いたジントは、ジュウタロウの傍へ歩み寄る。
「ジュウタロウもどこか痛いとこない?」
小さく首を傾げ、顔を覗き込む。
ジュウタロウは思わず顔を背け、少しためらった後、静かに袖を捲った。
「…………ここ」
腕に薄い切り傷。
先日の戦闘によるものだろう。
「あーーーっ!!ジュウタロウまで!!」
ダイチが騒ぐ。
ジントは少し呆れたように言った。
「ダイチには何度もしてるじゃん」
「それは……そうやけど……っ!」
ジントは笑いながら、ジュウタロウの腕へそっと手を当てる。
再び溢れる、柔らかな光。
ジュウタロウが小さく息を呑んだ。
掌から伝わるジントの体温と、優しい熱。
「……温かい……」
感動したような声だった。
やがて光が消える。
「……もうこれで大丈夫」
ジントが手を離すと、傷は綺麗に消えていた。
ジュウタロウはしばらく自分の腕を見つめ、そして小さく呟く。
「……ありがとう……」
その耳は、ほんのり赤くなっていた。
シュンタとハヤトが、ニヤニヤしながらその様子を見ている。
ダイチはまだ納得いかない顔で、ぶつぶつ何か言っていた。
そして。
「そろそろ行くか!」
ハヤトが立ち上がる。
5人はそれぞれ荷物を片付け、再び出発の準備を始めた。
馬へ跨り、北へ向かって走り出す。
雨上がりの道。
木漏れ日が水たまりへ反射してキラキラと輝いている。
空気はまだ冷たい。
けれど少しだけ穏やかな時間だった。
しばらく進んだ頃、ダイチがふと振り返る。
「……ジント」
「ん?」
「……ジントさ、ほんま、無理せんといてな……」
いつになく真面目な声。
ジントは少し驚いたように目を瞬かせる。
「あと……、それから……」
ダイチが珍しく言い淀む。
「あんま、俺以外にヒールとか……
せんといて…ほしぃ……」
最後の方は、ほとんど聞き取れないくらい小さな声。
「え?」
ジントが聞き返す。
ダイチは一気に顔を赤くした。
「いや!!な、なんでもない!!」
慌てて前を向き、手綱を強く握る。
そして冷たい空気を思い切り吸い込み、胸の奥に溜まった重たい感情ごと大きく吐き出した。
やがて、枝葉の隙間から漏れる光の色が変わる。
日がだいぶ傾いていた。
この数日、魔物との戦闘と悪天候が続き、思うように進めなかった。
それでも少しずつ、月の隠れ里に近づいている。
空を見上げれば、丸みを帯びた月が雲の隙間から姿を現していた。
満月まで、あと二日。
コメント
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ジントに傷を直してもらうみんなが可愛い(*´`)♡それに嫉妬しちゃうダイチもまた可愛い笑 癒されますねぇ🤭︎💕
💙さんが可愛い…! でも🤍❤️も可愛い…! 💛さん鈍すぎて可愛い…! 束の間の休息ですね。戦闘や雨で疲れた皆が、仲良く話しているのを見ていると、私もホッとしちゃいます。
ああ、もうこのエピソードめっちゃ良かった…!雨の中の疲労困憊の旅が続く中で、ジントの治癒シーンが一気に空気を変えた感じがしたわ。ハヤトの手を取る優しさ、シュンタとのやり取りの可愛さ、そしてジュウタロウの耳が赤くなるところ…。何よりダイチの最後の「あんま俺以外にヒールとかせんといてほしい」って、嫉妬混じりの本音がグッときた。キャラの心情が滲む描写が上手すぎる🔥 満月まであと二日、この先どうなるか気になって仕方ない!