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ruruha
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なもなき茶@ソナチ布教者
516
クラゲ
27
#一次創作
ruruha
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放課後の空き教室。
相談者は、椅子に座ってから何度か口を開きかけ、結局、鞄のファスナーをいじっていた。
「俺、心配されるのが苦手なんです」
「心配されるのが?」
「うん。具合悪そうだとか、元気ないとか言われると、なんか申し訳なくなるんです」
「どうして?」
「相手に余計なことを考えさせたから。俺のせいで心配させたんだなって思う」
遥は相談者の手元を見た。
「心配しないでって言う?」
「言います。大丈夫だからって。でも、別に大丈夫じゃない時もあります」
「じゃあ、どうして大丈夫って言うんだ?」
「心配されたくないから……いや、ちょっと違うかも」
相談者は眉を寄せた。
「心配されたくないわけじゃないんです。気づいてくれたのは嬉しいし、気にかけてもらえるのも嬉しい。でも、そのあとが嫌なんです」
「そのあと?」
「『何があったの?』『話してみなよ』って聞かれると、答えなきゃいけない気がするんです。心配してくれたんだから、ちゃんと説明しないと悪いかなって。でも、話したくないこともあるし、自分でも何が嫌なのか分からない時もある」
「それで、大丈夫って言うんだ」
「うん。そうすれば相手も安心するじゃないですか」
遥は少し視線を落とした。
「相手を安心させるために、自分のほうを大丈夫ってことにするんだな」
「……そう言われると、そうかもしれない」
相談者は困ったように笑った。
「この前も、友達に『最近、元気なくない?』って言われたんです。気づいてくれたのは嬉しかった。でも、俺が元気ないせいでそいつに気を遣わせてるんだと思ったら、申し訳なくなって」
「何て答えた?」
「寝不足なだけって言いました。そしたら、ちゃんと寝ろよって笑ってくれて。それで終わったんですけど……あとから、嘘ついたなって思って」
「本当のことを言いたかった?」
「分からない。言いたかったのかもしれないし、言いたくなかったのかもしれない」
相談者は顔を上げた。
「俺、何が嫌なんでしょうね。心配してくれるのは嬉しいのに、心配されたら早く安心させなきゃって思うんです」
遥はすぐには答えなかった。
心配される。
大丈夫かと聞かれる。
何かあったのかと尋ねられる。
そのたびに、相手が納得する答えを探す。
本当のことを話せば、相手の顔が変わるかもしれない。話さなければ、余計に心配されるかもしれない。
どちらにしても、自分のことを話題にした時点で、面倒が始まる。
遥には、その感覚が分かった。
分かったからこそ、簡単に「心配してくれる人を信じればいい」とは言えなかった。
「心配してくれたからって、全部話さなきゃいけないわけじゃないと思う」
「でも、何も話さなかったら、相手は困りません?」
「困るかもしれない」
相談者は不安そうに遥を見た。
「じゃあ、やっぱり話したほうがいいんじゃ……」
「相手が困ることと、お前が全部説明する義務があることは、別だろ」
相談者は口を閉じた。
遥は続けた。
「心配してくれてありがとう、でも今はうまく話せない。それでもいいと思う。大丈夫じゃないけど、今は聞かないでほしいって言ってもいい」
「それで、相手が傷ついたら?」
「傷つくかもしれない。でも、相手が少し残念に思うことまで、全部お前がどうにかしなきゃいけないわけじゃない」
相談者はしばらく考え込んだ。
「……俺、心配してくれた人をがっかりさせるのが嫌なのかもしれない」
「どういうこと?」
「心配してくれたのに、何も話せなかったら、せっかく気にかけたのにって思われそうで。大丈夫って言ったら、嘘つかれたって思われそうで。どっちにしても、相手が期待した反応を返せてない気がするんです」
遥は、その言葉を聞いて指先を握った。
期待した反応。
心配されたら、安心させる。
助けてもらったら、感謝する。
何かをしてもらったら、それに見合うだけのものを返す。
そうできない自分には、最初から何も望む資格がない。
遥の中にも、そういう考えがあった。
ただし、遥が心配されるのは、誰かが気遣ってくれるような場面ばかりではない。
廊下でぶつかられた時、顔色をうかがわれることはない。
制服が汚れていても、誰も心配しない。
授業中に具合が悪くなっても、迷惑そうな顔をされることがある。
それでも、誰かに何かをされたと話せば、今度はどうして何も言わなかったのかと聞かれるかもしれない。
何を言っても、説明するのは自分だ。
何も言わなくても、何も起きていないことになる。
遥は机の下で、手の甲に残った赤い跡を袖で隠した。
今日、廊下で腕をつかまれた時についたものだった。
「遥?」
呼ばれて、遥は顔を上げた。
「……ごめん。ちょっと考えてた」
「大丈夫?」
その言葉に、遥の喉が詰まった。
反射的に、いつもの返事が出かかった。
大丈夫。
何でもない。
気にしなくていい。
けれど、目の前の相談者は、本当に心配そうに遥を見ていた。
遥は視線を逸らした。
「……今は、大丈夫」
言ってから、自分でもおかしいと思った。
大丈夫なのかどうか、自分で決めたわけでもないのに。
ただ、相手にこれ以上心配させないために、答えを選んだだけだった。
相談者は少し迷ってから、頷いた。
「そっか。無理に聞いてごめん」
「いや、別に」
相談者は鞄を持ち上げた。
「俺も、今度から心配された時に、すぐ大丈夫って言わないようにしてみます。話せるかどうかは、その時に考えます」
「うん。それでいいと思う」
「ありがとう」
相談者が扉に向かう。
出ていく直前、振り返って言った。
「遥も、何かあったら話してくださいね」
遥は一瞬、言葉を失った。
何かあったら。
何かあった時。
それは、いつのことだろう。
今日もあった。
昨日もあった。
明日だって、きっとある。
けれど、それを一つずつ説明することを考えただけで、頭の中がいっぱいになった。
「……ありがと」
遥はそれだけ答えた。
扉が閉まった。
一人になった教室で、遥は袖を少しだけ上げた。
赤い跡は、まだ消えていなかった。
心配してくれる人がいたら、どんなに楽だろうと思うことはある。
けれど、実際に心配されたら、何から話せばいいのか分からない。
今日のことだけ話せばいいのか。
今日までのことも話さなければいけないのか。
それとも、明日も同じことが起きると分かっていることまで、説明しなければいけないのか。
遥は袖を戻した。
相談者には、全部話さなくてもいいと言えた。
話せる時に、話せることだけ話せばいいと。
なのに、自分が誰かに心配された時は、相手が安心できる答えを返すことしか考えられない。
大丈夫じゃないと言ったら、何があったのかと聞かれる。
話せば、きっともっと心配される。
その心配に応えられなかったら、申し訳なくなる。
だから、遥はいつも先に答えを決める。
「大丈夫」
誰も聞いていなくても、口の中で小さく繰り返した。
その言葉が、自分を守っているのか。
それとも、誰にも気づかれないようにしているだけなのか。
遥には、まだ分からなかった。
コメント
1件
うわ、今回めちゃくちゃ刺さった……「心配されたら早く安心させなきゃ」って感覚、すごくわかる。遥が相談者に「全部話さなくていい」って言えたのは偉かったけど、自分に返ってきた時のあのもどかしさが切なすぎる。最後の「大丈夫」を繰り返すシーン、グッと来たよ。ruruhaさん、今回も心に響く話をありがとう。続きがすごく気になる!