テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
於田縫紀
7
『磁馬温泉録』あらすじ
画家オークションで、 磁馬の「時が進む絵」が高額落札された。
夕暮れの駅。 雨橋。 波打ち際。 古本街。
描かれた絵の中で、 影が少しずつ動き、 湯気が消え、 雨粒が落ち続ける。
その不思議さと、 “時間そのものを閉じ込めたような静けさ”が話題となり、 磁馬の作品は海外の収集家や未来時代の美術館にまで広がっていく。
そして、とある大規模画家オークション。
最後に出品された、 巨大な連作「線路の向こう・夕景十二景」が、 二億で落札される。
会場は静かだった。
誰も大声を出さない。
ただ、 最後の金額が読み上げられた瞬間、 空気だけが少し揺れた。
磁馬本人は、 会場の隅で団子を食べていた。
「二億?」
と聞き返し、 団子のたれを袖につけそうになって慌てる。
しかし、 磁馬の旅は単純ではない。
時代を移動するには、 その時代ごとの貨幣変換、 移動許可、 時代金の交換、 記録管理、 持ち込み検査など、 さまざまな“時代金手数料”がかかる。
昭和の硬貨。 江戸の小判。 未来圏の信用単位。
それぞれ価値も違えば、 換算率も違う。
未来時代で稼いでも、 江戸ではそのまま使えない。
しかも磁馬は、 食べ物をちゃんとその時代で買う。 ごみを元の時代で捨てる。 持ち物も失くせない。
なので旅費は、 案外減る。
だが、 二億は減っても二億だった。
時代金手数料を引かれ、 未来移動税を引かれ、 美術管理料を引かれ、 保存処理費を引かれ、 「時代往来時の記録印紙代」を引かれても、
温泉を巡るには十分すぎた。
磁馬は思った。
「温泉、いっぱい行ける」
それが、 『磁馬温泉録』の始まりだった。
本編『ジクウ画家』が、 時間の中で人と出会い、 失くし物を探し、 町を描いていく話だとしたら、
『磁馬温泉録』は、 “休むための旅”の話になる。
雪の山奥にある湯。
昭和の観光旅館。
未来の空中温泉。
江戸の湯治宿。
海の見える露天風呂。
雨の日だけ現れる湯屋。
磁馬はそこで、 温泉そのものより、 “湯へ向かう途中の空気”を描く。
湯気で見えなくなる窓。
濡れた下駄。
脱衣所の扇風機。
卓球台。
夜食のゆで卵。
売店の牛乳。
古びたゲーム台。
雪で少し遅れる送迎車。
そういう、 温泉のまわりにある時間を描いていく。
もちろん、 失くし物もする。
湯札を落とす。
手ぬぐいを飛ばす。
鍵を脱衣籠へ忘れる。
温泉まんじゅうの包み紙を転がす。
そのたび、 宿の人や旅人と一緒に探す。
そして、 探し終わったあとに飲む牛乳が、 異様にうまい。
磁馬は毎回言う。
「温泉のあとって、世界が少しやわらかい」
絵の中の温泉では、 湯気がずっと揺れている。
夜の露天風呂では、 星が少し遅れて流れる。
誰もいなくなった卓球場では、 ピンポン玉だけが静かに転がり続ける。
そして磁馬は、 大金を持っていても、 相変わらず旅館の端で団子を食べ、 布団で寝落ちし、 朝風呂へ行く前にスケッチ帳を探している。
二億になっても、 旅のしかただけは変わらなかった。
コメント
1件
え〜〜〜っ!?!? 二億の絵を描いといて本人は団子食べてるの最高すぎるでしょ😭💕 しかも「温泉いっぱい行ける」って…!!! 磁馬さん、大金持ちになっても旅のスタイル変わらなさすぎて愛おしすぎるよ ⋆♡ 特に「温泉のあとって世界が少しやわらかい」ってセリフ、もうエモすぎて胸がぎゅってなった…! 湯気がずっと揺れてる絵の中の温泉とか、ピンポン玉だけ転がり続ける卓球場とか、そういう“時間がゆるやかになる景色”を描くのが本当に上手すぎるよ✨ これからどんな温泉と出会うのか、ただのスローライフじゃない“磁馬の旅”が始まるんだね…楽しみすぎて待ちきれないよ〜🌸