約束の金曜日。
恵菜は十七時にファクトリーズカフェを急いで退勤すると、警備員に通行証を見せながらパークの正門を走り抜け、すぐ近くの公園へ向かった。
三月に入り、夕方になっても日が延びたせいか、空は、茜色混じりの青に染まっている。
(今日……全てをハッキリさせる……!)
日中と夜の境界線を思わせる空模様を仰ぎながら、恵菜は公園の入り口へ踏み入れると、ピタリと歩みが止まった。
公園内の四阿にいたのは、勇人だけではない。
勇人の母、早瀬良子と、なぜか一年後輩の不倫相手、汐田理穂までいる。
(…………マザコンは、ママの力に頼らないとダメって事か。それにあの女まで……)
怯みそうな表情を引き締め、恵菜は毅然として三人の元へ近付いていった。
恵菜に気付いた勇人、良子、理穂が、一斉に彼女へ視線を突いてくる。
「勇人だけかと思ったら、お義母さんと汐田さんまでいるなんて。一体どういう事?」
乾いた笑みを貼り付けながら、恵菜は冷ややかな声音で、かつての夫に投げ放った。
「俺、お前に今日の事でメッセージを送った時、俺だけ、なんて書いたか?」
勇人に質問返しをされ、恵菜は口を引き結び、かつての夫に鋭い眼差しで見やる。
呆れて物も言えず、彼女は盛大にため息をついた。
「俺と母さんの思いはひとつ。恵菜と復縁したい。それだけだ。理穂は今も、俺との関係の継続を望んでいるけど、俺の恵菜に対する気持ちを分からせるために、ここへ連れてきた」
勇人の言葉を聞いた理穂が動揺し、母の良子は口をポカンと開き、目を丸くさせている。
「勇人……。あなた、本当に理穂って子と…………如何わしい関係にあったの……!?」
以前、義母は恵菜に会った時、勇人の不倫を完全に否定し、彼女には『妻としての努力』が足りない、と言い切った。
うちの息子に限って不倫なんてしない、と思い込んでいた元義母は、顔色が茹で上がったタコのように真っ赤になっている。
「ああ。当時の恵菜は、まるまる肥えたブタだっただろ? ブタが住み着いている家なんて帰りたくなかったし、抱く気にもならなかったし」
勇人から開き直るような不倫肯定発言が飛び出し、良子は顔を引きつらせながら、唇をワナワナと震わせ始めた。
「今は、スマートになって、いい女になった。色気もあるし、早瀬家の妻……いや、俺の妻に相応しいよ」
「いえ! 勇人センパイの妻として相応しいのは私です! お義母様、私は野球部にいた時から、勇人センパイが好きでした。仮に恵菜センパイと復縁したとしても、またブタに逆戻りする可能性は、十分にあると思いますっ!」
(…………こんなくだらない事で集まるなんて、三人は暇人なの? それにこの状況は何なの? コント? 三人とも本当に自己中だし、人の事、ブタブタってうるさいし…………バカバカしい……)
恵菜は、しんと冷え切った眼差しを送りながら、三人のやり取りを傍観しつつも、心の底から憤りが湧き上がってきた。
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