ブロンドの女が熊に腹を裂かれて殺される夢を見た。
なかなかショッキングで、グロテスクだった。
それだけに夢だと分かっているのに、いまも鮮明にその光景がありありと浮かんでくる。
女はスーパーモデルのような出立ちで、きらびやかな装飾に包まれていた。
その容貌も見目麗しく、人を惹きつけるカリスマ性がある。
しかし、そんな女が山中で彷徨い歩き、突如として熊に襲われたのだ。 そこに理由を求めてはならない。夢なのだから。
そして次に待ち受けていたのは、前述の通り悲惨な末路だった。
女は逃げるが虚しくも捕まり、仰向けになって固まってしまう。
獲物を捕らえた熊は冷徹な目でブロンドの女を眺める。
口元からは牙がかすかにのぞける。
口付けでもするかのように女に顔を近づけ、生臭く荒い息が迫ってくる。
薄汚れた茶の毛色は興奮しているのか膨らんでいき、巨体がさらに大きくなった。
熊の目線がやや下へ向いた。
そこにあるのはくびれが滑らかにカーブした綺麗な腹だった。
結末はあっという間だった。
大きな右腕を誇らしく天に掲げるようにして持ち上げたかと思うと、ぞんざいに地である腹へ振りかぶる。
熊は鋭い爪で容赦なく女の腹を裂き、腹から臓物が飛び出した。
そこで私の目は開かれた。
ゆっくりと。散漫に。
自分が殺されたわけでもないのに、起きた時には思わずお腹を優しく撫でてやった。
冬だというのに、身体は全身ぐっしょりと汗をかいていた。 どうやら暖房が効きすぎたらしい。
リモコンを取り、エアコンを切る。
布団を投げるように放り出し、私はベッドから足を下ろした。
身支度を機械的に進める間も、先ほど見た夢が頭の中をぐるぐる流れる。
巻き戻し、再生する。早送りし、再生する。また巻き戻し、再生する。
一時停止。
そこに映し出されていたのは、例のブロンドの女の腹から飛び出した臓物だった。
臓物は宙を舞っている。無重力の宇宙空間を浮遊しているように。
私は頭の中で、なぜか目を逸らしたくなるそれに釘付けになった。
仕事へ向かう間も、仕事中も、仕事が終わった後も頭から離れない。
呪いにでもかかったように茫然自失となりながら、いつものようにスーパーに立ち寄る。
いつものように惣菜コーナーへ行き、いつものように半額となった商品をカゴに入れる。
いつものように、レジへ向かおうとする。 だが不意に商品棚に目が止まった。
そこには様々な種類の鍋スープが陳列されている。
季節的にも鍋を恋しく思う家庭は多いらしく、残された鍋スープはわずかだった。
ぼうっとしていると、やたらどすどす足音を立てて歩く主婦らしき女が鍋スープを手に取ってカゴに入れた。
女はちらりとこちらを盗み見た後、よく分からない会釈をして立ち去った。
私は考えた。たまには鍋を作るのもいいかもしれない。
料理に手間をかけるのは嫌いだが、それよりももやもやとした今の気持ちを払拭したかった。
美味しいものでも食べて、今朝の夢はもう忘れよう。
そうしよう。
鍋スープを適当に手に取る。いや、手に取ろうとした。
また、不意に目が止まった。
モツ鍋。
モツ鍋用のスープがあった。
それだけあまり売れていないのか数が多い。
先ほどの主婦が手に取ったのも、寄せ鍋のスープでモツ鍋のスープではない。
しかし、私は無意識にそれを手に取った。
そして言葉の響きを味わうように繰り返す。
モツ。
モツは内臓のことである。豚、牛、鶏などの内臓のこと。
私は食肉コーナーへ行き、しばらく吟味した。
牛と迷ったが、豚のモツ鍋にすることにした。
また惣菜コーナーへ戻り、カゴに入れていた惣菜を元に戻す。
レジへ行き、愛想のない店員にカゴを渡して精算を済ませる。
私は自宅であるボロアパートへ歩いて帰る。右手にはモツ鍋のためのレジ袋が提げられている。
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