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ドアを開けて入ってきたのは、同じ学年の女子だった。制服のポケットにしわくちゃのレシートを押し込んだまま、椅子に座るなり深いため息をつく。
「……バイト、行きたくない」
その一言で部屋の空気が少し重くなる。
「何やってんの?」
「カフェ。週二。……最初は楽しかったんだけど、最近、ミスばっかで。先輩も冷たいし、お客さんに怒鳴られたこともあって……。もう、私がいる意味ないなって」
日下部は腕を組んだまま黙って聞いていた。
沈黙に耐えきれなくなったのか、女子は続ける。
「でも、やめたら逃げたことになるでしょ? 家でも『三日坊主はダメだ』って言われてるし。……でも、ほんとに行きたくない」
しばらくの間。時計の音だけが響く。
やがて日下部は、ぽつりと口を開いた。
「……別に、逃げてもいいんじゃね」
女子が目を丸くする。
「いや、やめろって言ってんじゃない。……ただ、限界まで我慢するのが“正しい”わけじゃないだろ」
「でも……」
「でもって言うけどさ。続けたい気持ちと、やめたい気持ち。両方あるってことはさ……お前がちゃんと考えてる証拠だろ」
女子は視線を落とし、指先をいじる。
日下部は天井を見上げて、ぼそりと続けた。
「俺だってよくわかんねぇけど……。苦しいのを“我慢できる自分”より、“苦しいって言える自分”の方が、壊れずに済むんじゃねえかって思う」
女子は小さく笑った。泣き笑いみたいな、変な笑いだった。