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ドアを開けた瞬間から、空気が沈んでいた。 入ってきた女子は、制服のシャツを乱れたまま、椅子に倒れ込むように座る。
「……コンビニ。週四。夜シフト。もう、きつい」
言葉が机に落ちていくみたいに低い。
「やめりゃいいだろ」
日下部が無造作に言う。
女子は、かすかに笑った。
「……それ、簡単に言えるの、いいね」
声は震えていた。
「家に金がないの。親も働かない。……私がやめたら、電気も止まる。逃げられない」
沈黙が落ちる。日下部は、机の上のペンを何度も指で転がした。
「……逃げられない、か」
「うん。……でも最近、寝ても、バイト先のことばっかり考えてる。客の声、怒鳴られたのとか、耳から離れない。……行きたくない。けど、行かなきゃって、毎日胃がひっくり返る」
日下部は、その言葉を飲み込むように目を閉じた。
しばらくして、低く吐き出す。
「……それさ。お前、家のためにバイトしてるんじゃなくて……バイトに、お前の全部を喰われてんじゃねぇの」
女子は顔を上げた。目の下の隈が、蛍光灯の下で濃く浮かぶ。
「……そんなの、わかってる。でも……やめられない」
「やめらんねぇなら……せめて、“やめたいって思ってる自分”を消すなよ」
女子が眉をひそめる。
「……何それ」
「我慢してる自分しか残さなかったら……お前、空っぽになる。そうなったら、本当に立ち上がれなくなる」
女子は、机の木目を見つめたまま黙り込む。
日下部は、ため息を吐いて椅子にもたれる。
「俺にできんのは……ここで聞くことくらいだ。だから、しんどくなったら、また来いよ」
長い沈黙のあと、女子は小さくうなずいた。
そのうなずきが、かすかな救いの音のように響いた。