「……ほんと何話せばいいか正直わからないです」
マリカさんは俺のベッドの近くの椅子に座り、俺はベッドに腰掛け向かいに座っている。
正直相談と言ってもまず何を話せば良いかわからない。
根本的なことがわからないのだから。
そう話を切り出すと、マリカさんはそうですねぇ、と悩むそぶりをする。
そのままティーカップをソーサーに置く。
カートをテーブル代わりにし、マリカさんは一度ティーカップを、置いた。
ひとつまみのお菓子を取ると俺の口に近づけてくる。
「……あの」
「いいから口を開けなさい?」
「あ、はい」
言われるがままにお菓子を食べさせてもらう。
うん、甘くて美味しい。
俺に合わせマリカさんも一緒にお菓子を食べる。
「あの、これになんの意味が?」
「クラウスは糖分足りなさすぎですよ。頭堅すぎです。何故そんなに難しく考えようとするのですか?」
「……でも、本当に訳がわからないというか」
「はぁ……」
「……なんかすいません」
ため息をつかれ反射的に謝罪する。
生まれて初めて感じていることなんだ。
「考え方を変えてみましょうか。このまま話したところで進まないでしょうし。クラウス、貴方にとってアイリス様はどんな存在なのですか?思ったことそのまま口に出してください」
……思っていること。
考え方を変えることを言われたけど、アイリス様のことをどう思っているか。
なんというべきか……アイリス様は俺のご主人様で悪友的存在。
幼馴染と捉えられなくもないし……えーと。
「ムゴ!」
「だから、口にしろと言ってるでしょうに」
「……すいません」
今度は無理やりお菓子を口に突っ込まれた。
甘くて美味しいけど高級菓子をこんな扱いしていいのだろうか。
まぁ、許可もらってるって言っていたし大丈夫なのだろうな。
「わ、わかりました。言うんで右手に持ってるそれを下ろしてください」
「……はいはい」
また、考え込もうとしてしまう。
察せられたのかマリカさんはもう一度口にお菓子を入れようとしてくるので待ったをかけた。
本当にやめてほしい、食べるなら味わって食べたいものだ。
さて……何か話さなければ。そう思い、マリカさんの言った通り思っていることを口にする。
「俺にとってアイリス様は大切な存在です。従者として守るべき存在であり、親友としてそばで支えたい……そんな方です」
「少なくとも悪くは思ってないと。それで、今日は仕事中ミスを連発したそうですね。その時何を考えていましたか?」
「……アイリス様です」
「そう、体調不良と言っていたそうね。何が原因かわかったの?」
「……わかりません。でも、今も気がつくとアイリス様のことを考えていたり」
「……やはりプロポーズは鈍感のクラウスに効果的面ですね」
「あの、何か?」
「いえ、なんでもありません」
最後ボソッと言っていたので聞こえなかった。聞いたが教えてくれない。
それともなく、マリカさんはゆっくりと紐解いてくれているおかげでなんとなく整理できるようになった。
胸のモヤモヤの原因はアイリス様だとわかる。
「率直に言いましょう、心して聞いてください」
「……は、はぁ」
マリカさんがそう話を切り出し身構える。
「クラウス……今、貴方が想っているのは恋というものです」
「……誰が何を」
「クラウスがお嬢様を……です」
マリカさんはそう断言しているが、親愛の可能性だって。
「親愛ではなく、一人の異性としての愛ですよ」
「……いや、だって」
「納得いっていない顔してますね」
「ええ、だって急にそんなこと言われても……わかりませんもん」
「……はぁ。本当に貴方は面倒ですね」
「いや、面倒と言ってもーー」
「ーー貴方また自分を押し殺すつもりですか?」
マリカさんは遮るようにいう。
言葉は冷たく、視線も俺を睨んでいた。
「これで3回目ですかね?」
「……何がです?」
なんとなく心当たりはある。でも、それはアイリス様のためであってこの話とは全く関係ないはずだ。
マリカさんは再度ため息をつく。
「1度目はバカ王子との婚約が決まってから。2度目はお嬢様が王妃教育を専念し始めてから。クラウス、貴方はその時お嬢様を優先した」
「それはアイリス様を思ってのことです。邪魔だと言われれば退くのが使用人です」
「お嬢様が悲しんでいたとしても?」
どんどん逃げ道を塞がれていく気がする。
でも、間違ったことはしていない。それが最善だと言い聞かせてきたじゃないか。
あの時、王子との件も俺が身を引いたことで丸く収まった。王妃教育に専念したいと言った時だって潔く了承した。
笑いながらアイリス様はお礼を言っていた。間違っていない……はず。
「……あれはアイリス様にとって最善の行動であって。アイリス様も笑顔でしたよ」
「その笑みに違和感は?心からの笑みだったと断言できますか?」
「それは……で、でもそうしなければカンタール家の名を汚すことに」
「確かにカンタール侯爵家を思えばそうですが、お嬢様の気持ちを汲んだことは一度だってない。……いい加減にしたらどうです?貴方のその言動がお嬢様を悲しませていることに何故気が付かないのですか?」
「……マリカさん?」
マリカさんの声はみるみる小さくなる。
すると意を決したのか、言葉を続ける。
「お嬢様はね……泣いていたのですよ?貴方が専属から外れるときも。3年前会えなくなると分かってからも。……本心では貴方に近くで支えてほしいと話していました」
「……」
「作り笑いだってそう。貴方の心配をかけたくなかったから、本心に蓋をして心を殺していたのですよ?」
マリカさんの瞳は潤んでいた。自分のことのようにそう言葉を発する彼女を見て俺は思わず黙ってしまう。
「……と!しおらしい話になってしまいましたが、今の話を聞いてクラウスはどう思いましたか?」
「……えと……その」
だが、両手をパンと叩きマリカさんは話を切り替える。その表情の変化に戸惑ってしまう。
だが、戸惑ってしまったが自然と行動は見えていた。
胸のつっかえがなくなった。呼吸が大きくして深呼吸をする。
「……俺行きますね。一度アイリス様と話してみます」
「そうですか。片付けしとくんで早くいってあげてください」
「マリカさん、ありがとう……」
一言お礼を言う。
俺は人に背中を押してもらえないと行動できないダメなやつらしい。
告白の返事がどうだとか、今は考えるのをやめる。
正直今この気持ちがアイリス様への好意なのかはわからない。
それでも一度話してみたいと思った。そうすればこの悩みもなくなると思ったから。
マリカさんが紐解いてくれたおかげで見えるようになった。
今すぐに会いたい。
「早く行こう」
廊下を小走りで移動する。
通り道偶々見つけた同僚と話した。
どうやら、アイリス様は俺をお呼びとのことで部屋にくるように言われた。
「アイリス様?」
警戒心を持つことなくアイリス様の部屋にノックして入った。
「あ、クラウス」
丸テーブルに腰掛けたアイリスは俺を見るなり微笑んでくる。
胸が高鳴るのを悟られぬようゆっくりと近づく。
アイリス様の目の前で立ち止まる。
「……少しお話ししませんか?」
そこまで言ったが……何を話せばいいのだろう。
なんと言葉をかければ良いのだろう。
悩み言葉が詰まってしまう。
……そんな時、情けない俺よりも先に声をかけたのはアイリス様だった。
「ねぇ、クラウス……私、久々に悪巧みしようと思っているの?たまには一緒にどう?
「……はい?唐突に何言ってるんですか?」
予想外の言葉に戸惑う。
悪巧みというと10年前にやっていたことだろうか?
だが、なぜ突然?
「……なんとなくよ……深い理由なんてないわ」
「……えぇ」
言い淀むアイリス様と視線が合わない。
少なくとも普段通りの口調でいるが、よく見ると身体が震えているように思える。
「俺、怒られるの嫌なんですけど」
「安心なさい、私これでも成長してるのよ。誰がやったかバレないスレスレ悪戯技術を身につけたわ!」
「なんですかそのいらん技術……わかりました。お付き合いしますよ」
意図まではわからないが了承した。
彼女の意向に沿うのが俺の役目であり役得であるからだ。了承すると満面な笑みを浮かべ俺の手を掴んで部屋の外へ引かれる。俺は抵抗せずそのまま釣られて歩く。
「さ!出発よ!」
「かしこまりました」
喜色満面の笑みを浮かべたアイリス様は右手を天井を押し除けるように大きく掲げ部屋を出た。
決意して出ていったが、その日に仕掛けるわけではない。
屋敷中を視察しどの罠が適切か思案する。
もちろん他の使用人に目に入らないように細心の注意を払う。
二人で行動したらバレるだろうし、一人で行動したり、二人でお茶をしながら横目で見たりと。
3時間ほどかけて回った。
その後はどこに罠を仕掛けるか、話しあった。
次の日の早朝から行動を開始した。
アイリス様と行動を開始して一度互いに別れる。
屋敷中に罠を設置する
思いの外スムーズにことが進む。
アイリス様が仕掛けたのは本当に罠を絶妙な仕掛けばかりであった。
俺は落とし穴を仕掛けるよう言われたので完璧な偽装で仕掛けた。
「……これでいいわね」
「え、ええ」
随分と手の込んだことをしたと思う。
でも、思いの外楽しかったりする。
いつもはやられる立場の俺であったが、やる側は楽しいと感じた。
妙な背徳感があるし、どんな反応をするか気になって仕方がなかった。
何より、成功するかわからない不安感の中に成功した後に想像すると達成感を感じる。
「これがアイリス様が感じていたことなんですね」
「ん?なにが?」
「上手く言えないのですが、楽しみだなと思って」
「そうなの。今回はクラウスもいることだし百人力よ!」
「吉と出るか凶と出るか……でも、後が怖いですね」
「大丈夫!何があっても私は気にしてないわ」
「あなた何も問われないからでしょ!責任取るの俺なんですから……」
でも、嫌だと思っていても先のことより今のこと。
アイリス様と何かやることに意味があると思った
「クラウス……大丈夫!この屋敷にクラウスにバツを与えられる人物はいないわ!もしいたら私が庇ってあげるから!」
「怒りの矛先を一挙に引き受けてくれると……まぁ、ならいいかもですね」
一応俺より立場上の人いるけど大丈夫だろうか?
まぁ、そんなに酷い内容じゃないし、屋敷の使用人のみんな寛容な人だし大丈夫か。
仕掛け終わってから気にするのもおかしい気がするけどもうなんとでも慣れだ。
俺は怒られ慣れているのだから。
「ミッションスタートよ!」
「お、おう」
微妙に気乗りしないがせっかくだ。後のことは気にせず楽しもうじゃないか。
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