ランチを終えた優羽と舞子はスーパーで買い物をしてから実家へ戻った。
戻ると二人はすぐに夜に出す料理を作り始めた。
仲良く料理をする二人を見て母の恵子は微笑んでいる。二人並んでいる姿は本当の姉妹のようだった。
岳大が来る少し前に兄の裕樹が帰って来た。
「おーっ、今日はなんだか緊張するなぁ」
裕樹がうろたえながら言うと舞子が笑いながら言った。
「娘を持つ父親の心境の疑似体験ね」
「俺は娘が出来たら嫁には出さんっ!」
裕樹の言葉に女性三人が声を出して笑う。
「舞子さん、先が思いやられるわねー」
優羽が呆れたように言うと舞子はのろけるように言った。
「ううんいいの。そういう所が素敵なの!」
「お兄ちゃん、こんなに出来た彼女はいないんだから大切にしないと罰が当たるよ」
「わかってますよー」
そこでまた笑いが起きる。裕樹は着替えると言って一度二階へ上がって行った。
夕方の5時になると岳大が店の入口を入って来た。
「ごめん下さい!」
「まあまあよくいらっしゃいました、優羽の母の恵子です。いつも娘がお世話になっております」
「初めまして、佐伯です。本日はお時間をいただきありがとうございます」
岳大は恵子に向かって深々とお辞儀をした。
初めて岳大に会った恵子はとても立派な感じの人だと思った。岳大の写真が載っている雑誌を以前商店街の人に見せてもらった事があるが、写真で見たイメージよりもさらに誠実そうに見える。
挨拶が終わると岳大は奥の和室へ通された。途中キッチンから優羽が出て来る。
「いらっしゃい」
岳大は優羽に優しく微笑んだ。その微笑みは少し緊張しているようにも見えた。
岳大はいつものジーンズ姿とは違いダークグレーのスーツに黒のタートルを着ていた。今まであまり見た事がない洗練された装いの岳大を見て優羽は思わずドキッとする。岳大からは普段は見せない大人の色気が感じられた。
その時二階から流星が降りて来て岳大を見つける。
「たけちゃんがきた!」
流星は嬉しそうに岳大に抱きついた。
「流星君こにちは。お邪魔してます」
流星は満面の笑みで岳大を見上げると岳大の手をしっかりと握る。そんな孫の姿を見て思わず恵子は目を細めた。
岳大は座る前に恵子に手土産を渡した。恵子はお礼を言ってそれを受け取ると袋を見て言った。
「あら? これ私の好きな東京のお菓子!」
と嬉しそうだ。岳大は東京の銘菓を恵子の為にわざわざ取り寄せていたのだ。
「さ、どうぞ座って下さい」
岳大は失礼しますと言って座布団へ座った。その斜め後ろに優羽が座る。テーブルを挟んだ向かいに母と兄の裕樹が座った。
流星はというとちゃっかり岳大の膝の上に座っている。
そこへ舞子がお茶を入れて持って来た。お茶を皆の前に出した後舞子は流星に言った。
「流ちゃん、今日昆虫の図鑑を買って来たんだけれど二階のどこに置いたか忘れちゃった。一緒に探してくれる?」
途端に流星は目をキラキラさせて言った。
「こんちゅうの?」
そして流星が優羽の顔を見たので行ってらっしゃいと優羽が言うと流星は今度は岳大に聞いた。
「たけちゃんはまだかえらないよね?」
「ああ、ずっとここにいるから行っておいで」
「じゃああとでぼくといっしょにごほんをみてね」
岳大は笑顔で頷く。
安心した流星は舞子と手を繋いで二階へ上がって行った。
静かになったところで岳大が改まって言った。
「本日こちらに伺いましたのは優羽さんとの結婚を前提としたお付き合いにお許しをいただきたく参りました」
岳大はそう言って畳に手をついて頭を下げる。岳大の真剣な様子に優羽は心臓のドキドキが止まらなかった。
すると母の恵子が言った。
「わざわざご丁寧にありがとうございます。うちの娘には流星という息子がおりますがそれでも大丈夫なのでしょうか? あなたのような有名な方でしたら他にいくらでも素敵なお相手がいらっしゃるでしょう? 本当に優羽でいいのでしょうか?」
「彼女と出逢った時から彼女の傍にはいつも流星君がいました。彼女が流星君といたからこそ彼女に惹かれました。だから僕にとって流星君の存在は優羽さんの一部であり優羽さんと同じように大切な存在なんです。実の父親のようになれるかは正直まだ自信はありませんがそこは時間をかけて大切に関係を育んでいけたらと思っております」
岳大は真剣な眼差しで恵子の目を見つめる。すると恵子はフーッと息を吐いてから言った。
「あなたを試すような事を言ってごめんなさいね。でも正直な意見が聞けて嬉しかったです。至らない娘ですが私にとっては大切な娘です。どうか末長くよろしくお願いいたします」
今度は恵子が畳に手をついて深々と頭を下げた。
それを見た裕樹が慌てて同じように頭を下げる。岳大ももう一度二人に頭を下げながら言った。
「ありがとうございます。必ず幸せにします」
優羽は頭を下げながら涙が溢れてくる。優羽は今母が言った『私にとっては大切な娘』という言葉を聞き泣けて泣けて仕方がなかった。
顔を上げた優羽が泣いているのを見て裕樹がからかう。
「お前は相変わらず泣き虫だなー」
「しょうがないじゃない」
優羽が拗ねたように言うと岳大はポケットからハンカチを出して優羽の涙を優しく拭ってくれた。
そして二人は見つめ合って微笑む。
そんな二人の事を母の恵子が穏やかな表情で見つめていた。