その後高瀬の車で慶太が入院している大学病院へ向かった。岩見沢市内の大学病院までは10分ほどらしい。
車の後部座席に座った華子は緊張しているせいか陸の手をしっかりと握っていた。
陸は華子の不安を和らげるために強く握り返す。
車はすぐに病院へ着き三人は車を降りて病棟へ向かった。
ちょうど面会時間が始まった頃だったので病棟にはお見舞いに来た家族の姿がちらほらいた。
ナースステーションで受付を済ませると三人は慶太の病室へ向かった。
病棟の四人部屋の入口に慶太の名前が書いてあった。四人部屋ならそれほど重篤な状態ではないのだろうと華子はホッとする。
「こちらですよ」
高瀬は二人に微笑むとドアをノックして中へ入った。そしてそのまま窓際のベッドまで進む。
高瀬が奥へ辿り着くと声が聞こえた。
「また来てくれたのか、そんなに頻繁に来なくてももう大丈夫だぞ」
その声を聞いた華子に緊張が走る。それと同時にその声に懐かしさのようなものを感じていた。
ベッドの周りのカーテンが締まっていたので慶太はまだ二人がいる事に気づいてない。
「今日はお前に会いたいって言う人を連れて来たんだ」
「俺に?」
慶太が不思議そうに聞き返す。
「どうぞ」
高瀬から声をかけられた二人はカーテンの向こうへ一方足を踏み出した。
華子は更に震える足で一歩ずつ前へ進んで行く。
父はどんな反応をするだろうか? 会いに来た事を迷惑に思わないだろうか?
そう思いながら前へ進み出る華子の瞳には既に涙が浮かんでいた。
その時慶太が不思議そうな顔のまま華子を見つめた。その瞬間慶太はみるみる驚きの表情へと変わる。
「____もしかして華子かい?」
「お父さん?」
「本当に華子なんだね___いやぁ驚いたなぁ、いつの間にかこんなに大きくなって……もうすっかり大人のレディじゃないか……」
慶太の言葉を聞いた途端華子の瞳からは涙がポタポタとこぼれ落ちる。
「お父さんっ! お父さんっお父さん____」
華子は叫びながらベッドへ駆け寄ると慶太に抱き着いてわんわんと泣き始めた。とても切ない泣き声だった。
そんな華子の背中を慶太の手が優しくとんとんと叩く。
華子は大粒の涙を流し嗚咽を漏らしながらも気づいていた。今華子の背中を叩く優しい手の感触は遠い昔まだ華子が幼い頃に感じた手の感触と同じだという事に。
その時高瀬が陸に目くばせをしたので二人はそっとその場を後にした。
それからしばらくして華子は漸く落ち着きを取り戻した。
真っ赤に泣き腫らした瞳をハンカチで拭ってから父と話しを始める。
陸と婚約した事がきっかけで父親の消息が気になり陸に居所を探してもらい今日ここへ来た事。そして母の弘子から聞いていた慶太に関する嘘の情報など全てを正直に話した。
話を聞き終えた慶太はよくぞ自分を探し会いに来てくれたと涙ぐみながら華子に言った。
「お父さんは東京を出てからずっと北海道に?」
「そうだよ。道内のホテルを何ヶ所か回ってね、で、最近ここに異動になったんだ」
「病院へは救急車で?」
「ああ。たまたまこの病院に心臓の名医がいたので命拾いをしたよ。リハビリをして体力が回復したら退院しても大丈夫だそうだ」
「それは良かったわ…」
華子はホッとする。それから二人は積もる話をした。
父のこれまでの27年間。そして華子の今までの27年間。
あまりにも長すぎるその日々の事を互いにかいつまんで報告し合った。
もちろん華子は銀座のクラブや愛人の事は内緒にした。病床の父に心配はかけたくない。
「先ほどそこにいたのが婚約者の陸君か?」
「そうよ、後で連れて来て紹介するわ」
「華子の事を心配そうに見ていたね。優しい人なんだね」
「うん、陸はすごく優しいわ」
華子は照れたように笑った。
「そうかぁ、華子はもうお嫁さんになるんだな……時が経つのは早いな」
「うん。でもお父さんにやっと会えたからこれからは時々会いに来るわ」
「そうか、それは嬉しいな……俺も長生きしないとな」
「そうよ、これからは会えなかった時の分まで親孝行させてよ」
「ハハハ、嬉しい事を言ってくれるね」
慶太は笑いながらさりげなく人差し指で目尻を拭った。
その時高瀬が陸を連れて戻って来た。
「親子の涙の対面は終わったかい?」
からかうように高瀬が言う。
「ハハッ、高瀬! 俺はもう幸せ過ぎてうっかりあの世に行ってしまいそうだよ」
「おいおい冗談はよせ、死ぬのはまだ早いぞ」
すると四人が一斉に笑う。
それから慶太は陸の方を向いて言った。
「陸君、君が私の居場所を探してくれたと華子から聞きました。本当にありがとう。感謝してもしきれないです」
慶太はそう言ってゆっくりと頭を下げた。慌てて陸も頭を下げた後笑みを浮かべて慶太に言った。
「華子の望みを叶えてやりたかったんです。華子はお父さんにとても会いたがっていましたから」
「本当にありがとう。君のような人が華子の傍にいてくれるなら私も凄く安心です。どうか末永く華子の事をよろしくお願いします」
慶太は姿勢を正してからもう一度深々と頭を下げた。
「はい、大切にお預かりします」
陸もかしこまって一礼する。その時白衣を着た医師と看護師がやって来た。
「長谷川さん、先生の診察ですよー」
スラッと背の高い美人の看護師が笑顔で慶太に声をかける。
その隣りにいた医師は慶太の周りに集まっている三人を見て少し驚いているようだ。
「長谷川さん、今日は人気者ですね。何か楽しいイベントでもあるんですか?」
医師が冗談交じりに言う。
「岸本先生、今日はびっくりするような人が来てくれたんですよ。私の娘の華子です、そして婚約者の陸君!」
慶太は嬉しそうに二人を紹介した。
その時隣にいた看護師が叫んだ。
「キャーッ! 長谷川さんの生き別れたお嬢様ですよね? うわぁー再会できたのですねー良かったぁーおめでとうございますー」
美人の看護師は涙ぐんで感動している。
「ハハッ、瑠璃子ちゃんありがとう。今までは君に娘役を頼んでいたが本物の娘に会えたのでもう代役を頼まなくても済みそうだよ」
慶太はそう言って瑠璃子という看護師にウィンクをした。
すると看護師は、
「まぁ、残念! もうちょっと親子ごっこを楽しみたかったのにー」
と言ってフフッと笑う。
すると岸本医師も微笑んで言った。
「お嬢さんがお見舞いに来ていたんですか! それは嬉しい日になりましたね。じゃあ折角だからお嬢さんにお父さんの病状の説明をさせてもらおうかな? お二人は今日はまだお時間大丈夫ですか?」
岸本医師は華子と陸に向かって聞いたので陸が答える。
「大丈夫です」
「じゃあ面会が終わったらナースステーションにひと声をかけて下さい。説明はそんなに時間がかかりませんから」
岸本医師はそう言うと当てていた聴診器を外し看護師に何かを指示する。そして笑顔で慶太に言った。
「じゃあ親子水入らずでごゆっくり」
岸本医師と看護師はその場を後にした。
「今の二人も婚約しているんだよ。彼女を見て私はいつも華子の事を思い出していたんだ。今頃どうしているかなってね。そうしたら華子も婚約しているんだからなー、驚いたよ」
慶太は嬉しそうに陸と華子を交互に見比べてからうんうんと頷いた。
それからしばらくして二人はロッジへ帰る事にした。
帰り際華子は父に言った。
「退院してからしばらく大変でしょう? もし良かったら私がしばらくこっちにいるけど?」
華子の申し出に慶太はかなり驚いている。
「ハハハ、嬉しい事を言ってくれるね、でも大丈夫だ。今、部屋は違うが高瀬と同じマンションに住んでいるんだよ。だから、何かあれば高瀬が助けてくれるから大丈夫だ。華子は自分の事だけを考えなさい」
慶太は穏やかに言った。華子は父の言葉を聞いてチラッと高瀬を見た。
すると高瀬も、
「私も10年前に妻を亡くしてそれからは一人なんですよ。互いに一人者同士ぼちぼちとやっていきますから心配しなくても大丈夫ですよ」
「でも…」
「本当に大丈夫だから心配するな。その代わりに一つだけお願いがあるんだ。華子が結婚する時の花嫁姿の写真を送ってくれないか?」
「何言ってるのお父さん! 写真じゃなくって式に招待するから本物の花嫁姿を見に来てよ! だからそれまでに身体をしっかり治しておく事! 約束よ!」
華子が怒ったように言ったので思わず慶太の瞳に涙が溢れる。
「私を招待してくれるのかい? だったらそれまでにしっかり治しておかないとな」
「そうそう、リハビリもしっかりね! サボっちゃ駄目よ!」
華子がニヤッと笑って言ったので慶太は声を出して笑った。
そんな二人の様子を陸と高瀬は微笑みながら見つめていた。
帰り際に華子と陸は岸本医師から病状の説明を聞いてから高瀬の車でロッジへ戻った。
岸本医師の説明によると、手術でしっかり不安要素は取り除いたのでもう心配ないとの事だった。
医師の説明に二人はホッと安堵した。
コメント
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岸本先生に瑠璃ちゃん! いい先生に治してもらったんだもん、リハビリ頑張ってバージンロード歩いてね、お父さん😊
華子チャン、婚約者の陸さんと一緒に お父さんと再会できて 本当に良かったね....🥺💖 岸本先生&瑠璃ちゃんのご登場も嬉しい....💜
華子が病床とはいえお父さんと会って話ができて分かち合えた事、陸さんも一緒にお父さんに会って婚約者として認めてもらえた事、長い間華子のことを気にかけてくれてた事、同僚の方のサポートで仕事が続けられた事、たくさんの話ができて本当に良かったね🥲 そして岸本先生と瑠璃ちゃんがお父さんの治療に携わってくださったのもとても嬉しい〜🥹お二人ともお元気そうで何よりです💖💕