第2話 丘の上の駅
出張帰りの会社員・庭井連は、三十代半ば。
無精ひげがうっすらと伸びた頬、目の下には疲労の影。暗色のスーツはしわが寄り、胸ポケットには折れ曲がった名刺が突き出していた。
帰宅後、彼のポストに赤いきっぷが投げ込まれていた。日付は明日、行き先は書かれていない。
「……イタズラか」
そう呟きながらも、なぜか捨てることができなかった。
翌日、連はきっぷを改札に通した。普段乗る通勤路線なのに、電車は見知らぬ方向へと走り出す。
車窓の外、次第に高台が広がり、やがて小さな丘の上の無人駅に停車した。
降り立ったホームには、自分と同じスーツ姿の人々が何人も立っている。
だが皆、顔がはっきり見えない。輪郭だけがぼやけ、目や口が影に沈んでいた。
彼らは無言で階段をのぼり、丘の頂上へ向かう。連もつい足を動かされるように後を追った。
丘の上に出ると、そこには眼下に広がる大都市の夜景があった。
しかし彼が知っている街とは違う。
ビル群の配置も、道路の形も、光の色さえも、どこかずれていた。
隣に立つ“顔のないスーツ姿”が、口のない顔でこちらを向いた。
瞬間、耳元で声が響いた。
「あなたの未来は、この街に続いている」
振り返ると、赤いきっぷは連の手から消えていた。
残ったのは、スーツの内ポケットに忍ばされた“無記名の社員証”だけだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!