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病院の中は思った以上に真新しく清潔感が溢れていた。
壁面がほとんどガラス張りだから陽当たりも良く、建物としての構造が一階のロビーから五階までが見渡せる吹き抜けとなっていて解放感があった。
エレベーターに乗り、それを見下ろしながら最上フロアへと向かう。
コウの言う通り、ユカリの病室はその一番、端っこにあった。
一人用の大部屋、だそうだ。
……一人なのに大部屋?
奇妙な違和感を覚え、うちは胸がザワザワする。
小さく息をつき、うちは病室のドアを軽くノック。
なかから返事がかえってくるのを待たずにノブを回していた。
「……ユカリ? うち、来たんやけど」
確かにそこは大部屋だった。
うちの学校の教室くらい広いんちゃうかと思えるくらいの広々としたスペースだ。
その代わりと言うのも変だが――室内に置かれているのは最低限のものしかない。
少し大きめのクローゼットに冷蔵庫。病院で見かけるのはちょっと珍しい、中型サイズの壁掛けテレビ。そしてリクライニング機能が付いた大きなベッド。
一階と同じく、ガラス張りの壁から差し込む西日にそれらの全てが赤く染めあげられている。
「……あ、キミちゃんだ」
ベッドの上に腰を降ろし、外の景色を眺めていた女の子が長い黒髪を揺らし、こっちを振り返った。そして、花が咲いたように微笑む。
「キミちゃんも来てくれるなんて今日は千客万来だね」
ユカリだ。長谷川ユカリ。
ここ、童ノ宮にやって来て大切なものはたくさんできたけど、ユカリはうちにとって一番最初にできた友達だった。
思わず視界がまた涙で滲んだ。
「あ、あれ? キミちゃん、ひょっとして泣いてるの?」
「当たり前やろ。ユカリのアホぉ……」
自分でも腹立たしいぐらい情けない声が出る。
つかつかとユカリのベッドに近づいて、かたわらにあった椅子を引っ張り出し、出来るだけ乱暴な仕草でそれに座ってみせる。うちの今抱えている感情をのん気そうにニコニコしているユカリに少しでも伝えたくて。
一方、コウはというと――、うちと一緒に病室に入って来たものの、ユカリに対して一言の挨拶もないまま壁に背中を当てて押し黙ってる。
「えっと……一応紹介しとくと、あの人はうちの従兄弟で塚森コウ君」
「あっ、私のこと助けてくれた人ですよね? ありがとうございました」
壁際のコウにユカリは笑顔を向け、ペコリと頭を下げるが当の本人は無言。そして無表情。
ただ目を大きく見開いてユカリを凝視している。
#童ノ宮奇談シリーズ
ちょっと止めてや、コウちゃん。
うちだけならあんたのそう言う感じは慣れてるからええけど――、よその女の子にそんな態度取ったら怖がられるって。
「そ、そう言えば――ユカリのお父さんやお母さんは?」
話題を変えようとしてうちは言った。
「うん。来たよ。学校の先生とかが帰った後だったかな?」
ちょっと天井を見上げるような仕草を見せながらユカリが続ける。
「お母さんが着替えとか、入院に必要な物をバッグに詰めて持って来てくれて……。さっき帰ったところ。キミちゃん達とタッチの差だった、ホント」
「そっか。……二人とも心配してたやろ」
「お母さんは一応ね。お父さんには怒られちゃった。――お前は役立たずのくせに、迷惑かけることだけは一人前だなって。万が一、野垂れ死にでもされたら体裁が悪いだろうがって。ほら、うちのお父さん、そこそこ大きな貿易会社経営してるから。しょうがないよねっ」
屈託なくユカリが笑う。
その綺麗な笑顔にうちのなかの違和感がさらに膨らむ。
今の話。ユカリが自分の家族の話をするのはもっぱら五人もいると言う妹や弟のことで、父親のことについて聞くのは初めてだったと思う。
それにユカリの表情と会話の内容には大きなズレがある。
笑って話せるようなことでもないだろう。
「――な、ユカリ? 他の人にはもう話したん?」
「ん? 何のこと?」
「だから……。コウが見つけるまでユカリはどこで何してたん? あんた、十日近くもいなくなってたんよ?」
「ゲゲッ。十日も!? そんなに時間が経ってるなんて知らなかったなぁ」
「ユカリ、真面目にやってぇな。うちは今、あんたと真剣に話してんねんから」
「うーん、そう言われてもねぇ……」
うちがなじるとユカリは困った顔で腕組みをする。
「本当に自分がどこで何をしていたのかも覚えてないんだよね。だから、そっちのお兄さんに声をかけられた時、自分があんな汚い場所にいたことにホント、ビックリしたんだもん」
「……」
うちはチラリとコウに視線を送った。
だけど、コウはやはり壁に背を当てたままユカリを凝視しているだけだった。
「あ、でも――一つだけ、ハッキリ覚えてるかも。キミちゃん達と別れた後、何があったか。その時のこと、よかったら聞いてくれる?」
「……もちろん。うちでええんなら、なんぼでも聞くよ」
うちが頷くと、ユカリがまた微笑んだ。
口もとを歪めてニヤッと。
馬鹿にしているような挑発しているような笑い方で、あまり気持ちがよくなかった。
そして、うちがよく知るユカリはこんな笑い方ができる子じゃない。
ふぅとユカリが小さく息を吐いた。
そして、全てが真っ赤に沈んだ部屋の中で静かに語り始めた。
「あのね、あの日、キミちゃん達と別れた後、私が向かったのは本屋さんなの……」