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「キスミ様。お帰りになられましたか」
「ああ、バレッタ。これまでありがとう」
エミールを今の今までその呪いの進行を抑えながら見守ってくれていたバレッタ。そのバレッタに、俺は──。
「いいのですよ、キスミ様。私は自意識を与えられたとはいえ、それでもキスミ様の一部。いま必要な事が何なのか、それが私でしかなせない事であればこれほど嬉しい事はありません」
「バレッタ、すまない……」
「キスミ様。愛しています」
「ああ……。ありがとう」
もともと俺の中から創り出された命だ。俺の言葉がお前を犠牲にエミールを助けると言うものとバレッタは知りながら素直に受け止めてくれて、そのやりとりも簡素だ。
向こうは俺のことをよく分かっているのに、バレッタが口にした言葉がどういう意味なのか、俺にはわからない。
バレッタはその三つ編みを切り取って遺し、光になって消えてしまった。
「ダリルよ、これを使うが良い」
エミールにかけられた呪いとともに初代英雄たちの魔道具を国もろともの封印に至るため、精霊界の女王エルフィアは現世と精霊界、2つの世界の境界を曖昧にする。
これから行うのに必要だとして、精霊界の女王であり幼女エルフィアは俺にひとつのインゴットを手渡す。
それは金属のようであり液体のようでもあり、宝石のようでもあった。
「私たちのエネルギーの源。そこからしたたる雫を固めたものよの。それを鍛えて拵えた短剣は封印の鍵となるであろうよ」
俺は受け取ったそれを神代の鍛治師のスキルでもって鍛えていく。その俺の周りに光の玉がいくつも集まる。
「おや、これは……そうですか、君たちがダリル様の」
ナツが挨拶をしている。
「わたしたちも力になるからねっ! きっと上手くいくよっ!」
「ええ、失敗などさせません」
「おうよ! 俺っちたちがいりゃあ、大成功間違いなしよっ!」
「我らキスミのチカラなり。何も憂うことなどないぞ」
「不肖このナツも共にある事を誓いましょう。そしてまだ見る事の叶わない未来をその手に掴めますよう」
俺はその心強い仲間の言葉を胸に、バレッタの三つ編みに込められた魔力と願いを、短剣に付与して封印の鍵とした。俺の最初の作は──。
「エミール、きっと助けてみせるからな」
エミールにはもう意識はない。その身体全体を呪いが染め上げて、このままでは助かるまいと一目見てわかるような状態だ。
そのエミールの胸に、俺は封印の短剣を突き立てる。それは身体を貫通し、床に溶け込んだかのように周囲へと広がる。現世と精霊界を重ねて染め上げていく。
呪いにエネルギーを供給してしまう世界の魔力はこの一帯に限り、幼女の用意したトレントが吸い上げて呪いを飢えさせようと働く。
そのトレントは同時に封印の一角として外界とを隔離する。同じく、海で生きるあの人魚の女王も姿を変えて顕現した元奴隷のあの少年も外界と隔絶し、外とを隔てる役割を。
そして山神となったマイは、山の上からダリルを愛おしく想い続け、その山々から越えてこようとするものを退ける。
封印は王国全土に行き渡り、山の稜線に沿って、海岸線を渡り森を貫いて街道を横断してぐるりと大きな四角い範囲を世界の狭間へと落とす。
王城も貴族たちの崩れた元豪華な屋敷たちも、スラムに至るまでがその狭間に飲み込まれ大きな街へと入れ替わる。
魔獣はその存在ごと飲み込まれ、獣人や亜人種もその特性の殆どを封印され、かつて転移者たちもそうであったヒト種はその肉体以外の能力の全てを封印され、狭間に堕ちたヒト種──人間と呼ばれるようになる。
この王国のあった土地において、今後は魔術もスキルも忘却の彼方となるだろう。