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#和風ファンタジー
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れみがラマンホテルに到着すると、ベルアテンダントが声をかけてきた。
「本日はどなたかとお待ち合わせでしょうか? お荷物をお持ちして、ご案内のお手続きを承ります」
「はい。オーナーズスイートの森様とお約束をしております」
「承知いたしました。森様でございますね。お待ち申し上げておりました」
ベルアテンダントが、専用エレベーターで最上階の部屋を案内して、ドアをノックする。
ドアの向こうから「どうぞ」と言う声が聞こえた。
ベルアテンダントが「失礼いたします」と声をかけて、重厚なドアが静かに開いた。
背を向けて立っている男が、ゆっくりと振り返る。
「お待ちしておりました」
一見して、端正な顔をした男——森幸平。
涼しげな目元は鋭い眼光を放ち、綺麗に上がった口角で柔和な笑みを浮かべた。
れみが室内に足を踏み入れると、ベルアテンダントが入り口のラゲージラックの前で立ち止まる。
「お荷物は、こちらにおまとめしてよろしいでしょうか?」
「え?あ……」
れみが森を見ると、森が
「そこでいい」
とベルアテンダントに言って、れみに微笑んだ。
ベルアテンダントが一礼して出て行くのと同時に、ホテルスタッフが二名入ってきた。
一人はワゴンを押している。ワゴンの上にあるバケットには、緑のマグナムボトルにSと2008の文字が書かれたシャンパン。
もう一人は、高級ブランドのボックスを持っていた。
森はボックスを受け取ると、テラスのインフィニティプールにワゴンを運ぶよう指示した。
れみはどうしたらいいのか戸惑い、黙ってその様子を見ていたが、森がブランドのボックスをれみに差し出す。
「これに着替えておいで。着替えたら、シャンパンを飲みながら、ゆっくり話そう」
「え?」
森はテラスのインフィニティプールに、視線を向ける。
「美しい月明かりの中、夜景を下にして浮かぶのは最高だよ」
森は優しい笑みを見せた。
れみは森に言われて、奥のゲストルームでボックスを開けた。
中には水着、それもかなり際どいビキニだったが、高級ブランドだけあって肌触りの良い生地。
——森社長は、私の心を和らげ、リラックスさせようとしている。
そう思ったれみは、ビキニに着替えてテラスに向かった。
リクライニングチェアに座っていた森は、れみを見て
「やはり君は美しいね。君のボディラインは素晴らしい」
と目を細めた。
れみは森の賛辞に、頬を赤くする。
森に促されて、れみは森の横にあるリクライニングチェアに座った。
れみが座るのを確認したかのように、黒いタキシードに蝶ネクタイ姿のスタッフが近づいてきた。
スタッフは先ほどワゴンを押していたが、今はシャンパンのマグナムボトルを抱えていた。
洗練された振る舞いのスタッフは、優雅な仕草でシャンパンをグラスに注ぐと、森とれみの間にあるサイドテーブルの上にシャンパングラスを置いた。
れみはスタッフの後ろには、少し離れた位置に立つ人物がいることに気づいた。
スタッフはソムリエで、そのアシスタントだろう。
れみがそう思ったのはスタッフが一礼すると、アシスタントもほんの僅か遅れて一礼をして、数メートル離れた位置にあるワゴンのところに戻って行ったからだ。
スタッフが去ると、森は
「さぁ、まずは乾杯しよう」
長く美しい指で、シャンパングラスを持った。
れみは頬を少し赤らめながら頷き、シャンパングラスを持った。
クリスタルのような煌めきと繊細な気泡が踊るシャンパンと、グラスが当たる小さな音。
黒のシルクサテンのガウンを羽織る森の胸元に、れみは視線を向ける。
男の色気を醸し出す鍛えられた筋肉質な胸板に、れみは視線を奪われていたが、
「どうしましたか?」
と言った森の言葉にハッとした。
「いえ、別に……」
れみは慌てて視線をリクライニングチェアの目の前にあるインフィニティプールに向けた。
水面は夜空に溶け込み、街の灯りがライトアップのように見えて、神秘的な空間になっている。
——まるで、別世界だわ。
れみは現実ではない世界を体験している、そんな気持ちになっていた。
「ところで、糸原さん……いや、れみと呼んでいいかな?」
森は扇情的な視線を、れみに向けながら甘い声で囁くように言う。
「森社長……」
と呟いて、れみは頷いた。
森は離れたスタッフを横目で見てから、れみの耳の後ろの髪を人差しで触る。
「誰もいないところでは、名前で呼んでくれて構わないよ」
そう言って、人差しでれみの髪をくるくると巻くよう絡める。
髪を指に絡めたまま、森は蠱惑的な笑みを浮かべて言う。
「それで、れみはどうしたいのかな?」
れみはハッとした。
——そうだわ!私は……
「森社長……いえ、幸平さん。このままでは、私は逗子の共犯として捕まってしまうわ。なんとかして欲しいの」
れみは森に救い求めて、懇願の眼差しを向ける。
森はシャンパンを一口飲むと、クスッと小さく笑った。
「なんとかして欲しい……か。梶原紗羅に保険をかけろと逗子をそそのかしたのは、れみ自身なのに?」
両端の口角を上げて冷笑を浮かべる森に対して、れみは大きな声をあげた。
「だって、それは!幸平さんが、逗子に……紗羅と結婚して保険に入るようにって!そう言ったから」
森はシャンパングラスを、サイドテーブルにゆっくりと置く。
「それが何だと言うのですか?
れみは資金繰りに困っている逗子を案じて、逗子を私に紹介した。
逗子は私に会うなり、融資をして欲しいと言ってきましたが、利益も出せない中古車販売。
担保に出来る物もすら無い。
私は無担保で融資はしないので、彼から取れる担保は彼自身の身体。それしかないでしょう」
急に丁寧な口調で諭すように言う森だが、有無を言わせない威圧感を感じ取ったれみは困惑しながらも
「それはそうですけど……。でも、その担保にも保障が必要だと言って逗子を結婚させる、それも紗羅と……」
と言いかけたが、森はれみの言葉を遮る。
「何もわかっていない彼がおかしなことをしないか、常に監視をする為に必要なんだと、前も言ったはずですよ?」
「……」
「君の親友を彼にあてがえたのは、彼女が夫である逗子の動きを、誰よりも早く察知する。
逗子の様子がおかしいとなれば、彼女は真っ先に親友である君に話すでしょう」
「……」
「そして君は彼女から聞いたこと、私に逐一報告する。
これは私と君が交わした契約の一つであり、契約金の代わりとして保険契約者を紹介した。そうでしたよね?」
「……」
——融資した金を確実に回収する為に、逗子の監視と報告は必要であると言ってきた森の提案。
れみは受け入れ難かったが、拒否することが出来なかった。
何故なら森が高額保険加入者達を、新規契約としてれみに紹介していたからだ。
新規の高額保険加入者を多く獲得したれみの営業成績は、爆あがりして高評価を得た。
その結果、役職を与えられたれみは、給与収入も爆上がりして華やかな生活となっていたが——
森から紹介された契約者達は高額保険加入して数日経つと、次々と不慮の事故に遭って死亡する。
すると森がまるで見計らったように、新たな契約者達をれみに紹介してくれるのだ。
これが繰り返されていく中でれみは、薄々気づいていく。
契約者達の死亡保険金の受取人は森ではなかったが、おそらく森が全て受け取っているのだろうと。
——逆らってはいけない。
れみは本能で危険を察知していた。
だかられみは、森の指示に従っていたのだが……
「私は君から逗子の報告を受ける。
それだけを望んでいたのに、君が梶原紗羅に保険をかけて、逗子を受取人にしたのでしょう?
君は営業成績が上がると思ったのだろうが、考えが甘い。
逗子は金欲しさに、梶原紗羅の命を狙った。
逗子にそうさせるきっかけを作ったのは、れみ……君だ」
「——ッ!」
言葉を詰まらせたれみに、森は狡猾な笑みを浮かべる。
「君は自分で、逗子の共犯になるべくしてなった。違いますか?」
「ち、違う!違うわ!」
興奮した声を出したれみは、両手で頭を抱えながら横に振る。
森はリクライニングチェアから立ち上がると、れみに近寄る。
ゆっくり跪き、れみの両手首を掴んだ。
動きを止められたれみは、視線だけを動かして森を見る。
「安心しなさい。君の望みは叶えてあげますよ」
森は冷酷な瞳で、冷たい笑みを見せた。