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翌朝。空は雲ひとつない快晴。
昨日までの雨が嘘みたいに、強い日差しが校舎を照らしていた。
朔は教室に入り、いつものように晴弥の姿を探す。
すぐに見つかった。窓際の席。
光の中、少し眩しそうに目を細めている。
「……おはよう、晴弥」
昨日のように自然に声が出た。
だが、晴弥の反応はひどくあっさりしていた。
「……ああ」
たったそれだけ。
目も合わせない。視線は外の青空に逸らされたまま。
――え?
昨日起きたことは、全部夢だったのか。
名前を呼んだときの震えも、指先のぬくもりも。
その全てがどこか遠い。
晴弥は教科書を取り出し、朔の方を一度も見なかった。
休み時間。
友人が駆け寄ってきて、朔の肩を軽く叩く。
「天野、昨日あいつと帰ってたよな?」
「うん……まあ……」
返事が曖昧になる。
「へぇ、珍しい。あの神崎がな」
無愛想なやつ、と小さな笑い声が混ざる。
朔は笑えなかった。
胸の奥がざわざわして、落ち着かなかった。
晴れの日の空気は乾いていて、
雨の時みたいに世界が二人だけにならない。
放課後。
昨日と同じ時間、同じ校門。
でも違うのは、手に傘がないこと。
「晴弥、一緒に帰ろう……?」
声が無意識に小さくなる。
晴弥は振り向いた。
けれどその表情は冷ややかなままだった。
「……先に行けよ。寄るとこあるし」
その言葉が、誰かに押し出されるように突き刺さる。
「昨日は……あんなに近かったのに」
喉の奥で呟いた言葉を、自分の心が一番傷つけていた。
少しだけ手を伸ばせば触れられた距離。
昨日は、触れられた距離。
なのに今日は――遠い。
晴弥は踵を返し、ひとりで歩き出した。
朔の指先は空を掴むように宙で止まる。
「晴れの日は、見えないんだ……俺」
晴れた空が眩しくて、泣きそうになった。
雨の日はあんなに優しいくせに。
曇りの日は少しだけ近づいてくれるくせに。
晴れの日だけ、遠ざかる。
――俺が欲しいのは、雨の下だけの優しさじゃない。
教室に忘れ物を取りに戻ると、
廊下の先に晴弥が立っているのが見えた。
思わず足を止める。
誰かと話していた。
女子二人に囲まれ、淡々と受け答えをしている。
気づけば胸が締めつけられていた。
嫉妬、なのか。
そんな感情を抱いてしまった自分に驚く。
――なんで、俺には目を合わせてくれないのに。
晴弥がふいにこちらを見た。
その目は、すぐに逸れた。
昨日の影が、嘘みたいに遠い。
名前を呼ばれた幸福が、一瞬で脆くなる。
朔は教科書を抱える手に力を込める。
気づかれないように、静かに教室を離れた。
校舎の外は相変わらず眩しい。
強い日差しが、朔の影を細く引き伸ばした。
指先が、空っぽだ。
触れる機会さえ与えてくれない晴れの日。
雨の日の傘の下、寄り添ったあの距離。
あの時間だけ本物であってほしい――
でも、その願い自体が間違いなのだろうか。
「……また、雨が降ればいいのに」
自分でも驚くほど、弱い声だった。
朔は空を見上げた。
青が痛いほど澄んでいる。
晴弥のいない晴れの日が、
こんなにも寂しいなんて、知らなかった。